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いまあるものを洗い浚うときと、いままでなかったものに惹き起こされるとき

ライターズドキュメント

こんにちは、あいさかです。

「ほかのひとの記事に比べてじぶんの書いたものがつまらなく感じる」という相談をいただいたので、自滅しないアウトプットのコツを記していこうと思います。

じぶんでつまらなく感じてしまうときは、たいていじぶんにとって新要素がないときです。創作的なアウトプットをしているうちに未発見だったなにかが見つかったりするものですが、ブログは意外とそのあたりむずかしかったりします。ここではふたつの方向性を示しておきますので参考にしてみてください。

いまあるものを洗い浚う

ひとつは、いまあるものを洗い浚うことです。

新しい要素なんか考えずに、とにかくいま持っているものを出し切るデトックス的なアウトプットですね。これを20分30分ぐらいやるとなにかしら得られます。じぶんの考えが整理されたり、感じたことを整備できたり、知識を整頓できたり、未到達のイメージにたどり着いたり、もっと知りたいことができたり、有益な情報発信ができたり。

テーマはなんでもよくて、たとえば「これまでのバイト経験を洗い浚いしてやるぜ」とか、「引っ越ししたあとに必要だったものを洗い浚うぞ」とか、そういう日常的なテーマでも総嘗めしようとしてみると、自覚していなかった断片がぼろぼろ出てきます。すっかり忘れていたこととか、当時は気づかなかったこととか、最悪だった思い出とか。

そういったカラフルな氷山の一角が現れてくるので、それを面影や欠片のまま残して表現するのもよいし、一気に全貌を引っ張り出してくるのもよいでしょう。出来上がった文章がつまらないということはないはずです。

いままでなかったものに惹き起こされる

もうひとつは、いままでなかったものに惹き起こされることです。

じぶんが持っているものに、新しいものが外から加えられたとき、加えられそうなとき、そういった外部の影響を取り込めそうなときなどにおもしろいものが書けます。

たとえば、だれかと雑談していて相手の言ったことがきっかけで新しい考えがまとまることもあるでしょうし、雑誌のランキングに反発心をおぼえたことでじぶんの感性をより理解できそうになったりとか、なんでもだいじょうぶです。いままでなかったなにかが浮かんできて、その勢いに任せて書くとおもしろい文章になりやすいです。

どちらにせよ未知のものを既知のために再表現しないこと

最後に気をつけてもらいたいのは、せっかく未知のものと出会えたのに、既知のものをメインにしてしまうとお行儀よくまとまってしまうということです。国税庁をよろこばせるための税の作文とかであればそれでもいいのですが、じぶんで書いておもしろいというときは未知をメインのままにしておいたほうがよいです。

よくある失敗としては、学校の授業で海外の悲惨な状況を学んだあとのレポートで、「私はこれまでの人生で海外の状況を知りませんでした(未知)。海外にも目を向ける意識を持たなければいけないと思いました(既知)。」という展開です。

視野が狭かったことを反省しようと思った、というテンプレ的な道徳規範に文章が流れてしまっているため、せっかくの未知が既知に回収されてしまっているということです。じぶんで書いていておもしろい文章というのは、「これまでの人生で海外の状況を知らなかった」という未知のぶぶんを表現できている文章だと思います。

道徳的に期待されている結論、というのは、ある程度の大人ならわかってしまうものです。その結論にとびつくほうが説明しやすいし、整合性がとれているし、読者も聴き慣れているから受け入れやすい。書くことが好きだからこそ、読んでもらいやすいテンプレに流されてしまうことはよくあります。ですが、そこで踏みとどまってがまんして、起きたこと考えたことが既存の期待されているストーリーではなく個人的で個別的な話として展開できるとよいでしょう。

参考書籍

梅田卓夫さんの『文章表現 四〇〇字からのレッスン』(ちくま学芸文庫)を種本といたしました。こってり教えてくれる教本なので、気軽に読むにはむずかしいかもしれませんが、文章を書くうえでのヒントが満載です。

「ウソっぽい」は、一般概念化された類型的なストーリーがあらかじめ準備されていて、それによりかかって叙述しているだけなのに、あたかも「自己表現」であるかのように見せかけた文章に対する抵抗感を感覚的に表明したことばであると同時に、具体的な歴史的事象や個人の倫理的行動の評価に際して見られるように、本来個々のものである事象を一般概念化されたストーリーによって説明してこと足れりとする認識のあり方に対する、一種の異議申立てでもあるのです。 (梅田卓夫『文章表現 四〇〇字からのレッスン』pp.209−210)

Written by Aisaka, Chihiro
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