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何かになれると信じていた - 記憶と、思考と、読書体験

傾ける、そこに

魅惑する、ぼくらを

巡らす、身体を

泡沫の如く、かれらは

残るのは、「  」


ぼんやりと生きている、そういう風にしか言えないような毎日。
 何かをやるわけではない、何もやらないと決めているわけでもない。ぼんやりと起きて、微睡みのなかで昔を眺めず、未来を輝かせることもしない。だけれど、何かを書くときにはふと昔を眺めてしまう。人生経験と読書体験は、まったく数奇なところで交錯したりする。誰にも望まれず生まれる記憶の羅列をする。その過程で生まれる、つまり書いているぼくのアタマの中をそのまま文字にしてみよう。

数年前、高校を卒業した。何の取柄もなく、アタマが悪く、本も読まず、勉強も嫌いで大学には行けなかった。でも何故だか、外国語は好きだった。それほど得意ではなかったはずだけど、とにかく嫌悪感がなかった。

受験勉強をしているときに学参のDUO3.0、英文問題精講、英文解釈教室、思考訓練の場としての英文解釈(1)を使っていた。最初から最後まで読み通すことができたのは、たぶん英文解釈教室が初めてだったと思う。はじめて本を読み通すという体験を学参で得ることになったのはぼくにとって皮肉だが、もともと本を全く読まない人間であったぼくが、そういう体験で読み通す快感みたいなのは得た。

英文解釈教室は癖があった。そのまま演習してもわからなくもないけど、補助輪が必要だった。その補助輪に澤井康佑「よくわかる英語の基本――基本文型・文と文の結びつき」という学参を使っていた。この本の最後の方にコラムがあるのだけど、そこに語学の天才がおり、それが井筒俊彦だった。ぼくにとっての彼は、イスラム研究者や、言語哲学者ではなく、語学の天才としての出会いであった。
 語学をすごく頑張った人たちでいえば、お金で語学を買ったシュリーマン、マルクスが資本論で言った最小限の生理的最小睡眠時間まで切り詰め、風呂は桶一杯しか使わず、そして勉強家であった森鴎外などがいる。備考だが、ぼくは今の話の出典を失念してしまった。「知的トレーニングの技術」「外国語上達法」あるいはネットの荒野、思い出せそうで思い出せない。

そういえば、この「喉まで出かかっているのに思い出せないこと」は「舌先現象(Tip of the tongue phenomenon 略:TOT現象)とか呼ぶ。これを認知心理学的に最初に定義したのはウィリアム・ジェームズである。ジェームズといえばぼくにとってはプラグマティズムの人で、のちに読むことになるプラグマティズムの論で「ネオ・プラグマティズム」なんてのが登場してるらしく、哲学界隈にもカッコいい言葉をつけたがる人がいるのだと、なんとなくトレンドに置いて行かれた気分を味わった。そしてまた、ジェームズの「純粋経験の哲学」はまた後に因果を知る西田哲学にも影響を与えているらしく、これはまたぼくの数年後に合流する話になっていた。と、今は振り返る。

脱線したが、語学の天才という響きは、何かになりたいと本当は思っていた自分にすごく刺さった。とにかく、何かになろうと妙なもがき方を当時はしてばかりだった。だから、チェコ語の大家である千野栄一の新書から入り、偉そうに古典ギリシア語で哲学書を一冊くらい読みたかったというただそれだけのモチベーションで「ギリシア語入門」を使い、突然ギリシア語の学習を始めたりした。この「ギリシア語入門」はいきなりスタートすると完全に挫折ルートだったので、ネットに乗っかっていた「田中美知太郎・松平千秋 ギリシア語入門 解説」というサイトを見ながらやっていた。このブックマークを久しぶりに開いたらページ丸ごとなくなっていた、さみしい。また語彙対策で希英対訳の「GREEK KEY WORDS」を覚えていくといいかもしれない、これは千野栄一の「外国語上達法」の勉強スタイルから半分パクっていた。

※田中 美知太郎, 松平 千秋『新装版 ギリシア語入門』(2012)
 千野栄一『外国語上達法』(1986)

 

当然の結果だがギリシア語、少し後に手を出してしまったロシア語もまったくわからないままなったわけだが、そんなとき語学の天才である井筒俊彦の主著「意識と本質」をどうしてか買い、読もうとした。びっくりしたのだが、日本語なのに全く理解できないことがあるのだと当時初めて味わったのだ。高校の授業だったか、サルトルくらいは知っていたから1章のほんの一部まで読み進めたが、何を言いたいのか、何を言っているのかわからないまま本棚の奥に仕舞われた。そして同時期、Twitterで知り合った某大学の先生から「オマエには井筒より先にこっちだ笑」ということで矢沢永吉の「成り上がり」を頂いた。京都から上京してきた自分に何故か重ねてしまい、ものすごく意気揚々とできたのだった。もしかするとこれが自己啓発効果なのかもしれなかったが、思い入れのある本なので今もたまに読み直している。

コネもなければ親戚もなければ友人もいなくて、一から自分の手で触って。(中略)関東にきて、コネがまったくないってことは、想像以上にエラいことなんだよ。

まったくもって、そうだった。

※井筒俊彦『意識と本質』(1991)
 矢沢永吉『成り上がり』(2004)

しかし、今もそうだけれど、何かになろうとするというのは一体なにをモチベーションとしているのかわからない。この時期はほとんど、誰かを見返したいとか、チヤホヤされたいとか、そういう承認がベースだった。肯定と否定、あるいは承認と否認、良いことと悪いこと、絶対主義と相対主義、そういう分かりやすい分類に住んでいた。見返したいとか、そういう憎しみや恨みというものを動機の原動力にしていたわけだが、続かない。なにかを成し遂げようとするアクションは続いているのに、動機が付いてこない。またそういう負の感情はパフォーマンスは上がるが、持続性が低い。だから、その恨みの対象を次々に移し替えて、大きくしていかなければとてもじゃないが付いていけないと思う。ぼくは単純だったからか、そういう恨みは早いうちに失ってしまい、何も持てなくなってしまった。

そして成り上がりの熱冷めぬうちに、ぼくは社会人になった。2016年末のことだった。

井筒の難しい本を読めなくて、身の丈という言葉を知らぬ儘にやはり自分は本が読めないんだと諦めていたのがこの頃であった。
 当時の心境としては宙ぶらりんで、何にも属していないことがひどく恐ろしかった。ひとり暮らしという環境には満足していたのだが、沸々と自己嫌悪が酷くなっていた。希死念慮という言葉や、死生観というものを言葉や肌触りとして感じたのも、同時期であった。自分自身に対して絶望していたのだと思う。けれどもこの時期にはかなりアクティブに動いていて、必死に自分が何かになろうと縋っていたと思う。じっとしていることが苦痛で苦痛で、言葉はぼくを救わなかった、当時は本もぼくを救わなかった。金も、食も、スーツもないまま上京して、爛れた人間関係も多少持っていた。思考や思想に興味があったわけではない、この絶望的な、名付けられない苦しみをダイレクトに解決してくれる処方箋を本や人間に求めていただけだった。受験していたころから、答え探しばかりやっていた。

過程ではなく結果が全て。
 過程にある辛苦の吐露や、結果を暈かす主張は最も嫌いだ。
 救いを求めているぼくに、何故答えを示さないものばかりなんだ。

そんな状態だった。
 ぼくはこの時、セックスに救われていた。ぼくは溺れる側の人間であった。
 そこにある身体と温もりが心地よく、終える度に「ここで自分は死んでもいいな」と毎回思っていた。セックスの最中に殺してほしかった。何にもなれない自分が藻掻く未来を想像するのが嫌で厭で、幸福を感じている間に消えてしまいたいとずっと思っていた。その相手は、いま自分を認めてくれているような気がして、だから何度も殺してほしいと伝えていた、そしてぼくも相手を自分の手で殺したいと願っていた。

そんな地獄の日々に快楽が混じり

絶望のさなかにあって私は幸福だった ジョルジュ・バタイユ『青空』(1998)

この頃である2016年に、ぼくはペソアに出会った。なんとなく、厭世的であることと、詩であることが混じって読みやすく肌に合った。また、佐々木中の「夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル」を持っていたので、それを読んだ。脈絡がないようだが、Twitterで知り合った人と新宮一成の「ラカンの精神分析」、松本卓也の「人はみな妄想する」の読書会・感想戦をやったことがあり(ぼくには理解が難しく、相手に圧倒されるだけだったが)、その脈でラカンのことはほんの少し知っていた。この佐々木中の本は信じられないくらい読みやすく、理解ができたような気がした。井筒のせいで哲学が難しすぎたが、同時に自分の厭世観はたぶんこの哲学という分野がどうにかしてくれるんじゃないかという勝手な期待もあった。

※フェルナンド・ペソア『不安の書』(2007)
 新宮一成『ラカンの精神分析』(1995)
 松本卓也『人はみな妄想する』(2015)
 佐々木中『夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル』(2011)

ラカンやフーコーは超難しくても、誰かの語り口からは自分に馴染む表現や、体験を追想できるという体験を味うことになる。同時にこれは、先述のTwitterで知り合った人からも恐ろしいほど感じていて、原本や原典に何が書いてあるかという「答え」ばかり探していた自分がいたわけだが、それを誰かのアタマや身体を通してそこにある表現に分かりやすく、むしろ”自分にとって”価値のある情報に変化しているということが大きな体験であった。
 この追想としていえば、本棚にある見田宗介もそうだし、この時期に流行りが見えた「現代思想 人類学のゆくえ」からも感じ、あるいは高山宏や、中沢新一と高山宏の対談「インヴェンション」からも似た雰囲気を感じていた。これは今このときから考えれば、それらの具体的な書名が大事だったわけじゃない。そもそも、先述の体験でぼくの見え方が変わってしまったのだろう。見え方が変わるというのは不思議で、同じ体験をしているのに同じ感想が出てこない、同じものを見ているのに前と同じように見ることができない(一種のトリックアート的)、同じものを見ているのに「見え方」という補助線によって難語・表現という端々のことを気にせず筋を読むことが出来る、などなど副作用のありすぎる劇薬だ。当時のぼくはそこまで気づけていなかったわけだが、難しいことを面白おかしく表現している本があることに感動していた。ヤバいことになったと、当時思っていた。余談だが、高山宏や荒俣宏から松岡正剛のことは知っていたが、当時は読めなかった。3年前くらいに「擬」という本が出て、ぼくの評価が変わるまでは知らない作家であった。

※見田宗介『社会学入門』(2006)
 高山宏,中沢新一『インヴェンション』(2014)
 松岡正剛『』(2017)

高山宏といえば、学魔。彼のこと、は恐ろしいほどの本を毎日読み耽る、蟄居生活と自称する本の虫(人物名)から教えられた。この人は、ぼくがまったく歯が立たなかった井筒俊彦全集を1か月くらいで読み通していて、それがきっかけでフォローしたのだった。で、その彼が学魔、高山宏のことを取り上げていて、無知なぼくはそんな中二臭い言葉に惹かれるまま―これは井筒に感じたものとほとんど一緒で、進歩していないものだが―「超人 高山宏のつくり方」を読んだ。情報量すさまじく、この人が一体何をしたいのかまったくわからなかったのだけど、おかげで澁澤龍彦、由良君美、山口昌男を知ることになった。2016年は古書店でも働いていたので、そこで高山宏含め4人の著作は何冊か買った。高山宏には「ブック・カーニヴァル」という本があるのだけど(絶版)、「超人 高山宏のつくりかた」よりはるかに彼のことがわかる1冊だった。要は、弱視で、創価学会の門内に2年ほど監禁された彼が、なぜ今のカタチに出来上がったのかが記されている。彼は大学紛争の影響で放り出されたのち、二年間大学図書室に勤めていた。1970年代後半の大学図書館は紙の山で、何もシステム化されていない状態だったようだ。大学のことは何もわからないので言えることはないが、上下関係ゆえに下らない高い本は公費で買う教授が多かったようだ。それにイライラした彼は紙の山の整理作業のさながら、洋雑誌の書評欄にドはまりしていった。というのも、1960年から70年あたりといえば、デリダとかフーコーらフランス構造主義真っ盛りで、それを欧米研究者がせっせと書評を書き、雑誌に投稿していた時代だった。大学図書館という環境を最大限活用し、とんでもない量のバックナンバーを漁り、書評から知のマップを埋めていった。そういうとき、同じく書評文化を溺愛した由良君美の部屋によく居座るようになったとのこと。欧米書評を蒐集し、分類し、整理・コメントする、この作業を続けたものを「ビブリオ・マシーン」と呼んで自身の知的マップの生命線にしていた。

※高山宏『ブック・カーニヴァル』(1995)
 『超人 高山宏のつくりかた』(2007)

恐らく彼は、今の今まで続けていることだろうが、40を超えるくらいから随分と精度が落ちてきたらしい。彼は「老いるということは、そういうことなのだろう」とさみしいことを言っていたが、ぼくの知るところでも確かに40というのは読書人としての節目だと思う。というのも花村太郎の「知的トレーニングの技術」曰く、ボルヘスは本を読みすぎて40歳あたりで失明したらしいし、幸田露伴も43歳で眼病を患っている。「古文研究法」「古文の読解」で知られる、ぼくも受験生時代たいへんお世話になった小西甚一は「大蔵経」を学生時代の夏休みで読破したりしているので、おそらく学びのピークはそれまでにあるという風に思っていないと、あっという間に本を読まずして老眼を迎えそうだと思っている。

※花村太郎『知的トレーニングの技術』(2015)
 幸田露伴『努力論』(2001)
 小西甚一『古文研究法』(2015)

さきほど先出ししてしまったが、花村太郎の「知的トレーニングの技術」は大変良い本であった。2015年10月にちくま文庫で復刊されたのだが、2016年にネットの荒野から知り、ぼろぼろになった今も読み直している。読んでいない方は是非手に取ってもらいたい。内容を意訳すれば「先人に学び、プロセスを踏み、創作する。即ち巨人の肩の上に立つ。」ということになるわけだが、これでは何も伝わらないような気がするので読んでほしい。ぼくという個人にとっては、あらゆる作家や偉人が、創作や創造というものへのアプローチに対して凡庸であったことを知るきっかけだった。

私たちは巨人の肩の上に乗る小人のようなものだとシャルトルのベルナールはよく言った。私たちが彼らよりもよく、また遠くまでを見ることができるのは、私たち自身に優れた視力があるからでもなく、ほかの優れた身体的特徴があるからでもなく、ただ彼らの巨大さによって私たちが高く引き上げられているからなのだと。
(ラテン語: Dicebat Bernardus Carnotensis nos esse quasi nanos gigantum umeris insidentes, ut possimus plura eis et remotiora uidere, non utique proprii uisus acumine, aut eminentia corporis, sed quia in altum subuehimur et extollimur magnitudine gigantea.) 巨人の肩の上」(2020年7月26日 (日) 23:48 UTCの版), Wikipedia

考えてみれば当然なのだが、創作・創造という結果にはプロセスがある。それは起床から就寝、あるいは夢まで含んだものかもしれないが、とにかく自分と行為(モノ)をいかにつなぎ合わせていくか。読み続ける、書き続ける、散歩する、対話する、立志する、気分を管理する、集める、分析する。それは独立して見えた、習慣なんてこれっぽっちも考えたことが無かったし、出来上がった本を読んでその背景まで知ろうなんて思ったことがなかった。ノウハウ本と括ることもできるわけだが、そのノウハウをどこまで過去に遡ることができているかという点が異なっているように思う、それは「俺スゲー本」に終始しないための過去へのリスペクトや、技術を実用的な側面だけでなく思想的な側面からも考察しようとしているからこそ、出来ることともいえる。実用的な側面のみ語られたものは、確かにノウハウとして充分かもしれないが、躓いた時の発展性が乏しくなる傾向がある。それを当時性に求めるのか、その技術本質に迫っていくのかではアプローチも、得られる解決方法も異なってくるようになる。例えば読書という技術の結をアタマの中や呟き程度に終始させるか、レーニンのような読書ノートに結び付けるのかでは当然その後の膨らみは同方向へは広がらない(優劣の話でなく、要をどこで取るかによる派生の差異という話)。
 有名な話ではあるが、当時レーニンは亡命中であった。当然、荷物なんて最小限だったので、ノートとペンを持ち図書館へ駆け込み、ヘーゲルをはじめ、ギリシア哲学徒たちの資料を読み漁りながら要約、書きまとめて自分のノートに追記していった。レーニンにとってはそのノートが知的生命線であり、なくてはならないものだった。そしてこの後1917年に「国家と革命」を発表することになる。思想・アイデアは思い付きではないので、再現性が重要になる。もしも裸一貫になったとしたら、と考えると今のうちからでもレーニンのように自分の「知的等身大」のマップを作っておいてもいいかもしれない。

※レーニン『哲学ノート』(1975)

似たような話で、植松電機の植松努という社長がいるのだけど、彼の祖母は戦争体験者で紙幣が燃えて紙屑になる経験をしたという。それゆえ、孫の努氏には「金のようなものは無くなるが、知識は無くならない」という話をしたという。情報化が進み、ぼくらの情報は次々とクラウドへ保存され引き出すことが容易になってきている。自分のインデックスをデジタル保存するかアナログ保存するかは考え方によって違うだろうが、どちらにせよ「知の再現性」を図っていく必要は、これからますますありそうな気がしている。

植松努氏のTED講演

「知的トレーニングの技術」は啓発的でありながら、それを精神面だけの空論に終わらせることなく身体を動かせという実践をベースとしている。情報過多で賢くなったと自惚れる自分を本当の最初から叩き直してくれて、天才という呪縛から自分を放ち、凡人としてようやく成り立たせてくれた。また巷に溢れる正しい解釈で結びつけるわけではなく、当人の体験したことを、当人が志向性によって結びつけてしまうという、その入り口に立たせてくれた本だった。


さて、ぼくは社会人になった。ここから暫くは、本に触れられないただの多忙な社会人でしかない。考えや、思想も何もない。
 社会に出ると、ぼくは営業に携わることになった。積極的に営業がやりたかったわけではない。「成り上がり」を読んでホットな状態だったのと、知人と食事の中でどうやら自分は広告代理店か営業職に就職したほうがいいっぽいことがわかったので、感情が生まれる前にエイっと就職してしまった。
 営業というのは随分と大変で、いやもちろんどんな職であっても多かれ少なかれ大変だとは思うが、勤務時間がすさまじいことになっていた。来る日も明くる日も、7時に出社し25時に家に着く毎日。休みは実質なく、成果という喜びや金銭でしか自分を満たせなくなっていく日々になっていた。とはいっても、今では営業職に就けたことに感謝しているし、営業の中でもナカナカに難しいといわれるものに携わることが出来たのは喜ばしいと素直に思う。

社会人になってからまったく本が読めなくなった。
 読書という行為は、自分を消費する活動であるのだと痛感することになった。体力には多少自信があったが、十数時間仕事に染まった身体で、また別の負荷を掛けることは恐ろしく難しい。身体や体力や精神力というような資本を、日々のタスクのどこにどれほど投資していくかという仕組みであることはなかなか知る由がなかった。疲労は睡眠や食事だけでは回復しない、精神的な摩耗は誰かへの依存性を高めやすい、不規則な生活にルーティーンを導入するのも同時に難しい、自分だけで自分を管理することもまた難しい。切迫した状況が続く中、疲労は少し先の見えた読書生活を容易にぼくから遠ざけていった。

働くことと、個人の思想を広げていくことのベクトルが重なることはほとんどない。やりたければ起業するくらいだろうが、社長や起業したひとたちの話を聞く限りでも「起業なんてするもんじゃない」という意見が多いように思う。そういうサバイブをチョロいと思える人だとまた別であろうが。無事に働き口が見つかり、どうにか生きてはいたものの、厭世観や消えてしまいたいという逃避観はずっとあった。仕事が全くできないわけではないのだけど、自分がビジネスライクに染まっていっていることが耐えられそうにもなく、求められる価値観に自分の身体が悲鳴を上げ続けていた。どうにかそれを一元的に処理したくて、それをまた本に求めた。
 「こころが晴れるノート」「いやな気分よ、さようなら」「壊れながら立ち上がり続ける」「大丈夫、死ぬには及ばない」「死ぬのは法律違反です」をどうにか読めたのはこのあたりだったか。自分は生きたいのか死にたいのかわからず、生きてしまうのらこんな苦痛を味わい続けるのは嫌だと思い続けて認知行動療法や行動分析学に頼ったが、ほとんど得るものがないまま時間が過ぎていった。

※大野裕『こころが晴れるノート』(2003)
 稲垣諭『大丈夫、死ぬには及ばない』(2015),『壊れながら立ち上がり続ける』(2018)
 荒川修作, マドリン・ギンズ 『死ぬのは法律違反です』(2007)

倒錯的、逃避的であった当時は何をしたかったのだろう?
 解決方法や答えは、ずっと自分の外にあるものだと信じ込んでいた。自分のアタマで考えることを避け続け、人のアタマで考えてもらった。中身のないビジネススキルを磨いて、なんでもそれっぽくこなしてきた。

機械になりたかった。感情があるのが信じられないくらい苦痛だった。壊れられるなら壊れてしまいたかった。
 こんな愚痴をI先生にDMしたら、某書でAI論の一部として引用されてしまった。

※河本 英夫,稲垣 諭 『iHuman:AI時代の有機体-人間-機械』(2019)


狂うにも狂えず、仕事でも卓越することもなく、感情を殺すために無理やり仕事に忙殺されていたときに知人に誘われてあるイベントに参加した。

経緯は忘れてしまったが、とにかく知人が「こんな本は年1冊出るか出ないかだね」なんて言っていたものだから、あまりにも気になりすぎて参加した。ぼくの人間関係は、教育や環境的な過程での同期、友人、知人などはほとんどいない(というか耐えられなくて切ってしまった)。あるのはTwitterで知り合った数年来の知人や、中学校時代の友人、アルバイト時代の友人4人くらいで、他の連絡先は全くない。だから、Twitterでの人間関係のほうがよほど多いということになっている。それで、この本の内容自体は”ÉKRITS”というサイトにそのまま載っているのでとにかく読んで挑むことにした。内容はなんだか難儀なふうだったけど、わかったような気がした。そして、この本にもサイトにも解題インタビューがあるのだけど、そちらほうがとてつもなく印象深く刺さった。

ÉKRITS

このインタビューはすべて引用したいくらい大好きなのだけど、このインタビューでの対談相手その人が、ぼくの話に度々登場するとてつもない読書家である。ゆえに聞こうと思えば聞けるし、数年振り返って言っていたことを理解することもあった。さて、この本を読んでから随分と自分は変わってしまった。生きたいとか死にたいとか、意味があるとか無いとか、なんというか凝り固まったものに自分をゆだねることがなくなってきた。この体験は劇薬だったし、変化のタイミングがあるとすれば、たぶんここが機転であるとは言えると思うが飽くまで機転、感極まる程度では何か変わることはない。ぼくは過去に二度Lagonへ記事を寄稿していて、その内容はほとんどすべてこの本からのインスパイアに近い。実践的な例で言えば「迷ったときは人の選ばなさそうなほうをやっておく」「明確に定義しすぎない」「自分のアウトラインは把握しておく」「実践し、腑に落とすフィードバックを作動させる」なんかがそうだ。

——— 消費的な身体というのは、主体はいつも単一でしかない。主体が単一だから客体も単一で、ただ客体のバリエーションがあるだけだよね。主体と客体の関わりがつねに一対一で、ひとつの客体に飽きたら次の客体を選ぶという形で欲望がドライブしていくだけだから、どんな経験をしても主体も客体ももとのまま何も変わらない。だから、消費と呼ばれてしまう。
今言っていた「自分の内に取り込む」というのは、自分のなかのアナロジカルな群像を作動させるということだと思うんですよ。これは主体が一対一となる客体を選ぶことではなく、自分の中に取り込んで「半ば自分でもあるような対象」が別の「半ば自分でもあるような対象」とリンクしていく自動運動みたいなものを作動させるということ。「身をまかせる」というのを言い換えれば、主体としての自分を主客がつねに多重化してあるような境域に「溶かし込む」とも言える。でも、これは最終的に「飛び込むかどうかの決意」の問題とも言えそうだね。

主客未分の領域に入らないと、本当の変化って生まれないんですよ。だけど、多くの人が勉強して頭良くなるとか、資格を取ったり身分を得ることを変化だと考えてる気がするんです。勉強ロジックでピカソの伝記を読んで、知識を取り込もうとしてる。でも制作ロジックというのは、自分とピカソの間にある境目をなくすことなんです。いろんなものを身体に入れて「自分はこうしたいけど、ピカソはこうしないよな」って考えることができる。あるとき私はピカソになってるんだけど、またあるときは人と喋ったりして社会的な私を留めてる。そうやっていろんな人を自分のなかに持つというのは、自分の欲に従って生きない方法を身につけるってことでもあると思うんです。(中略)僕もそのプロセスの途中だから、自分が今後どう変化していくのかわからない。ボルネオから帰ってきたときに、どんな自分になってるのかも。そういう風に変形を遂げていくときって怖いわけですよね。つまり、状態Aのことを自分だと思っている人って、自分がAとイコールでつながっていることを自己同一性と考えてるわけじゃないですか。Aとイコールって考えてしまう、このこと自体が問題だと思うんです。AからBとかCになるってことは、その人にとって同一性がなくなることだから、死ぬことと一緒なんですよ。私ではなくなるけど私ではあるわけで。

——— やっぱりそこが面白いところで、「私は私である」「A=Aである」っていうのは、再帰性の問題じゃないですか。「私は私」って再帰していないと、私は私じゃないわけだから。だけど、人間が「作品」でネットワーキングの「節」だと考えれば、そこには再帰性は存在しない。マルクス・ガブリエルが「世界は存在しない」と言ったけど、これってつまり再帰性の問題だと思うんですよ。ガブリエルが言う「世界」ってのは「意味の意味」「包摂の包摂」ということで、つまり無限にメタレベルに上昇していくようなベクトルは「存在しない」ということ。A、B、C…という項同士が、ただ相互に参照して包摂し合う「意味の場」だけが存在していて、その「意味の場」において現れるモノが実在であると。
今の「ネットワークとしての人間」というのは、自らの身体性をガブリエルがいう「意味の場」に「同期」してしまうということだと思うんです。人間はA、B、C…といった項を、自らの身体性において「意味の場」として成立させる能力がある。ウィラースレフが『ソウル・ハンターズ』で説いたように、ミメーシスの能力がそれです。
自らを「意味の場」として成立させること、これは再帰性を免れ、項目間が自律的に結び合う、ある意味オートマティックなプロセスに自らを投企するということでもある。どこまでその自動運動に自分を溶かし込むことができるか。これはもう根性があるかどうかという、根性論みたいな話でもある。 制作的身体のためのエクササイズ 上妻世海『制作へ』解題インタビュー」より引用

やや難しい言葉で書いてあるが、この「主体・客体」や「自己同一性」「取り込む」なんていうワードや、そのコンテクストにぼくは魅惑された。そのまま読んでも、ある程度分かってしまう人はいるのでわざわざ複雑化することはしたくないし、「要は…」などと言って単純化することもしたくない、そのまま読むことが出来る話であると思っている。軽度な実践であるが丸々読み込んでいくというのは、この引用部に書いてある『自分の中に取り込む』というのはそういうことでもある。
 「知的トレーニングの技術」でも全集の通読を強く勧めているのだけど、それに近いことをこのインタビューでも言っていた。ぼくは自己愛とか、自己同一性(アイデンティティなど)とか、とにかく自分のが誰かを見る・見られるという世界にいた。自分というコンテンツ、または消費物を使いつぶしてばかりで「詰まらなさ」に圧迫されていたのは、この消費という活動が原因だった。
 何かを楽しむというとき自分がどうこうではなく、何かが面白いか、気持ちが良いのかがすべてだった。飽きれば捨て、また同次元のものに関心を移して再び飽きる。これを繰り返していると、自分を外側のリアルと結び付けていかないと苦しくなっていく、ぼくの希死念慮や依存性は多分このあたりが理由だったろう。もっと突き詰めると、これは自分を何によって承認させるかという承認欲求の話でもあった。自分の生活に蔓延っている詰まらなさから遠のくには、そこから「降りる」必要がどうしてもある。だから、降りてしまった。

 ぼくたちがよく言う「承認」というフィールドは、社会通念的なものであって、全てを人間関係が掌握している。誰に、何を、どんなふうに思われているかによって承認のカタチが変わる仕組みだ。関心があるとか、好きだとか、選ばれるとか、そういう一切を自分の輪から外してしまうという感じ。自分を社会から外れただけの人間にしないためにも、この降りる作業と同時に自分をつくる作業が必要になった。その作業の一環が、全集読破とか、起業家、アーティスト、思想家、作家をディグっていく作業に当たる。全集読破とか、個人をディグる作業は、脱自的(自分を捨ててしまう)にならなければナカナカ厳しい。途中途中で意見をいちいち持つ間はまだまだで、思想や実践レベルで同一化していくことが最終的に求められていく。同一化、模倣、主客未分というものに一旦身を預け、成る様になってしまえというのが或る意味根性論という話である。

 自分を自分で満たしていこうとするこの実践であるが、経過的に起こってくるのは半端ないほどの創造性であると思う。オタク的にそれに染まっていくと、自分の経験や過去への解釈が変わってくる(即ちこれからという未来へ対しても変化する)。例えば、西田幾多郎の主客未分論を「承認欲求から降りる話」と読み替えることが出来る、福岡伸一の動的平衡を主客身分の<あいだ>と読み替えたりもできる、また南方熊楠をエコロジストという理解でなく書写で身を立てた努力人という理解をすればダヴィンチのノート術に繋がり、ディドロのような百科派や、遅かれ早かれ中沢新一の熊楠論に行きついたりする。あるいは、ドラッカー全集を経営本という読み方ではなく、あくまで身体論、イノベーティブなデザイン論として読めば、デザインナー向けのOOUI(オブジェクト指向)なんかも交えて思考できたりもする。
 オタク論として広げるのであれば、「アニメ版 化物語1話」と「かぐや様は告らせたい?(二期)4話」の構図が全く一緒な訳だが、制作会社はシャフトとA-1 Picturesで別、と遡り絵コンテにたどり着くとA-1 Picturesの畠山守氏とシャフトの小俣真一氏が別名義であることにたどり着く。その畠山守氏の過去の絵コンテ作品から「荒川アンダーザブリッジ」「魔法少女まどか☆マギカ」を拾うことが出来、それを起点にもう一度アニメを見ることが別の思考を誘発することもできそうだ。ラーメン、というか二郎の話で進めるならばまず二郎本店や目黒のような非乳化スープか、ひばりが丘や野猿の乳化スープのどちらが好みになるかによって、インスパイアの台頭である豚星。に進みやすいか、蓮爾に進みやすいかが変わるし、この分類法でなく細麺か太麺かという分け方でもまた別の括りになってくる(豚星。と蓮爾を並べることは正しくない気がするが参考として)。

西田幾多郎『善の研究』(2006)
福岡伸一『動的平衡』(2017)
ソシオメディア株式会社,上野学 『オブジェクト指向UIデザイン』(2020)
木岡伸夫『〈あいだ〉を開く』(2014)
山内得立『ロゴスとレンマ』(1974)

このあたりからだろうか、一番最初の挫折本である「意識と本質」が読めるようになった。当然、まっすぐ正しく読むなんてのは知識も経験もないから出来なかったのだけれど、書こうとしていることが見えた。西洋の考え方の差異をいかにして融合させるかということに対して、彼の場合圧倒的な語学への浸透から入っていった。彼の全集を読んで初めて知り得たのは、西田幾多郎へのリスペクトだった。ぼくは今もまだ若いが、さらに若かった頃に「客観的っていう言葉があるけどその主体は一体誰なんだ?自分のことは自分でしかわからないが、自分しかいないのに自分のことを『客観的に見る』ことは実際無理だと思うけれど、何故みんな言葉を使うんだろう。見ているのは誰なんだろう」とずっと疑問であった。それを偶然にも解決してくれそうなのが、西田幾多郎であったという出会いだ。西田の「純粋経験」という概念は、主観と客観、善と悪のような二項に分かつ前の段階、思惟や感情が起こる前のありのままの状態であると言われる。それを井筒の場合は「言語阿頼耶識」というふうに別の道筋を示した。そこでぼくは二人を同じ分野の人間だと認識することが出来た。

そこからは本当に芋づる式になっていく。言葉が上下左右、表裏に振れる前の状態を「根本」のようにSTARTとして捉えずに「あいだ」と捉えれば、拡がって突然「狭間」とか「レンマ」という言葉に引っかかることができるようになる。「見え方」の差だと捉えれば、それはデザインであり「まなざし」だというふうにも変容する。遡って、この頭の流れ自体を「推論」のフレームワークと捉えられれば、「アナロジー」「類推」という言葉が勝手に引っかかりを見せてくれるようになる。想起や夢想を「アイデア」だと見れば、フィールドとして欧陽脩の「三上」という場や、あるいは曲亭馬琴の「銭湯」という場への話をして昇華できる。というそんなふうに、自分の興味を筋として読むことで、今まで見えなかった地平が拓かれ始めた。ぼくの頓挫本が詩論にまでリスペクトされたことに気付けたのも、芋づる式のアナロジー作用によるものが大きかった。

木岡伸夫『〈あいだ〉を開く』(2014)
山内得立『ロゴスとレンマ』(1974)
ハナムラチカヒロ『まなざしのデザイン』(2017)
鈴木宏昭『類似と思考』(2020)
細谷功『アナロジー思考』(2011)
バーバラ・マリア スタフォード,高山宏『ヴィジュアル・アナロジー
恩田侑布子『余白の祭』(2013)
芥川龍之介『戯作三昧』(1983)
三上:欧陽脩の「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃ち馬上・枕上・厠上なり」から

何かに意見を持つためには、一度飛び込んで、染まってしまう必要がある。何かに染まっていく、それは自分がそれを許すかどうかではなく「やるか、やらないか」という精神論から始まる。論理や小難しいことを並べて実践から遠のくと、ますます自分で自分を遊ばせることから遠ざかってしまう。とことんその分野に付き合ってやる、その人間に染まってみる、ギィ・リブのようにとことん贋作に拘ることで美術批評家の眼さえ欺いていき当人性を問題提起してやる。その過程であり続けるために、右でも左でもなく、自由でも固執でもなく、内でも外でもないようなバランスを保ち続ける感覚を磨いていく、自分への拘りから外れ、関心のマイニングと無への行き来をすることで自分のバランス感覚を持つ。自分の創造性を拓かせるのに時間は関係はない、アイデンティティに拘るのにも疲れた、というか人生に飽きた、そういう心境を経て消費する側から創る側へいつの間にか移りつつあるのが感じられた。

※ギィ・リブ『ピカソになりきった男』(2016)

ぼくはそんな身体づくりという点で、今のところ自分の出番は終えたと思っている。エンターテイメントのように即物的な楽しみでなく、ぼくたちがぼくたちで遊べるようなプラットフォームが欲しいなと思うようになってきた。書く人、読む人、作る人、描く人、まとめる人、やっていることがまったく未知な人たちが誘発的に何かを「起こしてしまう」ような空間を作りたい。積読論で出てくる空間づくりが当人の知的プラットフォームであると定義されるように、何かを作ってしまう組織というはその組織自体の創造的プラットフォームの範疇であると考えていて、近い将来この場を作ろうと思っている。ぼくは随分とお金で苦労した記憶があって、経験上お金がないと創造性は著しく下がってしまうとも考えている(体験としては面白くなるけど)。お金を稼ぐのは、稼げる人がやればいいと思うし、数人で稼ぎ、それを使いながら空間的にも、コミュニケーション的にも創作的な場に身を浸して、そこから生まれてしまうものを見てみたい。

失敗してもいいから、形をつくる。今はそうやって誰かを誘惑していく。

Written by Nekondara
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