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伝えることと伝えないことのあいだ

思ったことは伝えなくてはいけない。

それが正しくて、思っても言わない優しさなんてものは無い。少年と言える年頃のとき、そんな信念を持ちながら過ごしていた。

人間関係のあいだに降り立つと、自分の信念とは別な力学に巻き取られる。「思ったことを伝える」ということを信念としていたぼくでさえ、その思ったことを伝えられた人たちの幸福や不幸、あるいは嘆きを聞き、とても苦しくなってしまった。ぼくはそこまで考え及んでいなかったのだ。

ポジティブやネガティブといった二極で判断できるものではなく、もう少しグラデーション、濃淡がある。

例えば、頭がいい、かっこいい、かわいい、優しい、仕事ができる、その他もろもろ。どんな形であれ、言葉によってそのひとのベクトルをある程度定めてしまう言葉、それらが世間一般での良い言葉だったとしてもそのまま伝わらないことがたくさんあった。

言葉にするというのは形をつくるということだ。形が出来るということはそれを見たり、触ったり、扱ったり、そして評価したりできるということだ。

ぼくは、2021年の1年間で一番苦しかったのは「可愛い」という言葉だった。ぼくから言葉にすることもそうであるし、本当に稀にだが自分に対して使われることもあり、それもまた苦しかった。

「可愛い」という言葉は、ぼくにとってどこか表面的で、そしてあまりにも純粋な言葉に思える。どこからか聞こえてくる、「可愛いと言われたい」という言葉がとても恐ろしく聞こえてしまう。もう自分ではどうしようもないと思えるほど、その言葉は投げやりで、言っておけば喜ばれるような汎用的な言葉に聞こえてしまう。その人のことを知らなくても伝えられる、よく見ていなくても伝えらえれる、そんな言葉のように思えてしまう。

ぼくの毒づいた部分はこう言うのだ「お前に何が分かるのだ」と。

どこか外見を褒めるような言葉を使うとき、自分に住まう悪魔にぼくの心の影を踏まれる思いがする。

何が分かるのか、安易だ、軽薄だ、それは相手が望む言葉か、本当に嬉しいのか。脳裏にそんな言葉がずっと流れてきて、そういうのを堪えて堪えて、伝えたり、伝えなかったりする。

そう思っているかどうかで迷っているのではない、それを口に出すことがぼくにとっての呪いなのだ。

最近、思ったことをすぐ口にできなくなってきた。

大人になるというのは、ひとつそういう部分を取り入れることでもあるんだろう。それでも、コミュニティや人間関係に身を置く限り、伝えることを中断したりはできない。会話というキャッチボールが行われている以上、その土俵に上がったうえで何を伝えるか、そんなふうに考えている。

コミュニケーションはとる、その土俵から降りることはせず、乗ったまま何を伝えるか。それがここ最近ずっと頭の中にある。

伝えた言葉は引き算ができない、だが他人であるゆえ最適解を当てることも難しい。

だから、自分のポリシーに反していても、相手の望む言葉を使うことがある。悩んで悩んで、自分を納得させられる言葉を探しながら、納得していなくともその過程で使うのだ。対面コミュニケーションは双方的で、つねに実践しかない。

当然のことながら、伝えるか伝えないかはその2択しかない。しかし、その「あいだ」をずっと探している。「可愛い」という言葉がぼくの頭に浮かぶ瞬間、その相手の何を可愛いと感じるのかという演算がはじまる。そんな自動的な感情ではなく、その人との距離感や感覚や、言葉にならない心地を言い表すことにリソースを割きたい。その心地を探すことが、言語化された、あるいは非言語でのコミュニケーションで掴む部分なのだ。

そしてまた、コミュニケーションが実践である限り、ほとんど中断はできない。伝えるのか、伝えないかしかない。考えてだめならもう伝えるしかない、答えが無くても何かをやるというこれもまたレッスンなのだろう。実践を通して解像度が上がる、自分でも知りえない一面が見える、あるテクストが腑に落ちる、これまで想像にしなかった自分とつながる。

そして、ぼくにも、その人にも、いま必要とされる言葉がある。

Written by Nekondara
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