///

若松英輔『本を読めなくなった人のための読書論』-ラシュ・エフェ #1

本ともっと気楽に向き合うことのすすめ。兼、うろ覚えで挑んでいい、気楽な読書感想文のすすめ。

こんばんは。龍山香名です。読書とのゆるい向き合い方について。

今回は、「本を読めなくなった人のための読書論」という、若松英輔さんが書かれた本の感想を書きます。読んだのは数ヶ月前なうえに、メモも取っていなかったため、もはやちょっとした回想に近いですが、とにかく書いてみます。

この本は、本を読むことに対して苦手意識を抱いたりしながらも、おそるおそるこの本を手に取ったひとに向けて、とても丁寧にそしてやさしく、本を読むことへの向き合い方について語りかけます。

ここまで読んだところで惹かれるものがあった方、まさに本を読みたいのに読めないことについて悩んでいる方は、ぜひ今見ているページを脇に置いて、この本を手に取りましょう。ぶっちゃけ、この記事のスクロールバーを見た時点でちょっと「うわ……」となったでしょう。笑 表紙がいい感じにザラザラしていて、触っているだけでも楽しいですよ。今ここで決められないなと思った方は、ちょっと長くなってしまったのですが、このまま読み進めていただければと思います。

ちなみに、実はこの本を読み始めたときは既に読めない状態から脱していたのですが、今は読めていてもまた読めなくなるときがくるのではないかと怯えていた(いや、正直、今も怯えています。)ので、この本を手に取りました。またその状態に入ったときに、自分で自分に語りかけることができるようにと、予防のために読み始めました。

なぜ本が読めなくなったのか、読むのがむずかしかったりつらかったりする理由は何か。この本ではその理由を「まわりと比べてすばやく読めないことに落ち込む、劣等感を覚えている」「もっとたくさん読むべきなのに読めない」「何を読んだらいいのかわからない」「読んだ内容はすべて覚えているべきなのに、覚えていられない、すぐ忘れる」といったところに設定しています。なぜ読めないのか考えてみよう、なんて自己分析をしようとは書かれていません。ただ、こういったことによって本を読めなくなっているひとはけっこう多いのではないかと思います。

少なくとも、私はそのひとりです。私は本を読むのがかなり遅いです。まわりのひとたちが2冊3冊読んだところでやっと1冊読み終わるようなスピードです。それがずっとコンプレックスでした。本は1週間に1冊は読めるようになるべきだ、こんなに遅くて情けない、と思い続けていました。いや、今もこころの隅でその焦燥感は渦巻いているのですが、それはともかく、この本を読んだおかげで、読むのが遅くてもいいんだとなんとなくゆるされた気分になりました。「まだ読み終わってなかったんだ」「まだ序盤のとこなんだ」といった、すばやく読めるひとたちからの悪意のない素直な反応に苦しんだこともあったし、速く読めない自分はだめだ、本を読む資格がそもそもない、と自分で自分を苦しめたこともあります。正直、今も克服はできていなくて、やっぱり短い時間でたくさんの本を読めるひとはうらやましいなと思ってしまいます。

また、読むのが遅いために、本はしっかり選ばないといけないと切実に感じています。ただでさえ読むのが遅いのに、もしもよくない本(たとえば評判がひどく悪かったり、内容がとんちんかんなものばかりだったり)を選んで1ヶ月も2ヶ月も時間をかけてしまったら、その時間はとても無駄だったことになるのではないか、とよく不安になります。そして、読む本を選ぶことに多くの時間を費やします。今まで本を選んでいた時間を合わせたら1冊は本が読めてしまいそうな気がします。読むのが速ければ、サッと手に取りサッと目を通し、すぐ次にいけるのにな、とうらやましくなったことは多々あります。

本の内容はなるべくすべて覚えておくべきだという考えも、特にこの本を読む前は強く持っていました。せっかく長い時間をかけて読んだのに、肝心の中身をまったく覚えていない。読み終わった後に残る感想は「おもしろかった」「驚いた」くらいしかない、なんてことがザラにあります。高校時代なんかは、書評ブログを見ては「よくこんなに内容を書き留められるなあ」とうらやんでいました。うらやましくなってばかりですね。というわけで、物は試しとメモを取りながら本を読むこともしてみましたが、読むのが更に遅くなり、メモすることに気を取られてそこまでの流れが頭から抜けて結局前に戻って読み直すことになったりと、まったく恩恵を受けられている気がしなかったので、やめました。私には合っていないようでした。

そんなこんなで、気になる本を開いても「1時間も読んでまだここまでしか読んでいない」「最後のページまできたけど、結局何が書いてあったんだか思い出せない。時間を無駄にしてしまった」と悲しむことが多々ありました。

書き始めてみたら意外と長くなってしまいました。なんかこう、5行くらい書いたら満足すると予想していたのですけれど。よっぽど本を読むことに対してコンプレックスがあったんですね。……と、過去のことのように書いていますが、今書いたことは今もコンプレックスとしてこころのどこかに潜んでいる感覚があります。やっぱり、速く読めて内容もしっかり覚えていられて、本文の内容も交えながらしっかり感想を書けるひとはうらやましいです。そこには当然本人の努力や技術などがあるはずなのですが、そこまでがんばれる気力も根性もありません。年にウン百冊読んでますなんてブログタイトルを見るたびに、ケッ、うらやましいもんだなと悪態づきたくなります。

この本は、そういったコンプレックスを少しずつほぐしてくれるものでした。本は速く読む必要はないし、全部を覚える必要もないし、たくさん読む必要もない。本を読んでなくてもちゃんと仕事して生活していけているひとってたくさんいるじゃん、と書いてあって、ああ、たしかに、となりました。本を読まないことは罪ではないのだと、読めなくても後ろめたくなる必要はないのだと。ちょっと仰々しい言い方になりますが、少し救われたような気持ちになりました。

おかげで、本を読むときに「覚えなきゃ、覚えなきゃ」と緊張していたのを、サラーッと読んでもいい、ひとつでも記憶に残ったり感銘を受けたりするところが見つかればラッキーだな、くらいの気軽さで読めるようになってきました。本を開くこと(そう、そもそも、まず目の前にある本に触れることができないんですよね。)が以前よりもできるようになってきました。覚えられなかったところは、自分にとってはあまり心を動かされないところだった。それくらい割り切ってもいいのかもしれません。とにかく、いろいろな呪縛を解き放つ手伝いをしてくれる、私にとってはそんな本でした。

それと、「読まなきゃ、読まなきゃ」となっていたのもかなり薄れました。無理するくらいなら読まなくていいのだと思えるようになってきました。興味があるから、楽しいから読むのであって、課題図書でもない限りはそもそも読む必要ってないんですね。この気軽さを得ることができたのは個人的にとてもうれしかったです。この気軽さはたぶん、本を読むこと以外にも通用すると思います。まあ、そんなことを言ってもやっぱり本の背表紙を見るとなんとも言えない焦りが出てくるので、まだまだですね。

また、本文中に、本が読めないときはアウトプットすべきときなのかも、という風に書いてある場所があります。ことばを受け取りすぎて、受け皿が満杯になっているから、自分でも何か文章を書いてみたりして、受け取ったことばを自分なりに吐き出していくフェーズにいるのかも、というようなことが書かれています。溜め込みすぎると、もう入らない!となるのは、まるでごはんを食べては排泄するサイクルのようですね。摂取したら定期的に放出するというのを意識的に生活に取り入れてみるのもいいのかもしれません。私も、基本的に本を読んだ感想はほぼ書かずに過ごしてきたクチなのですが、これを機に少しずつ書いていってみようと思います。

ところで、受け取ったことばを自分なりに吐き出していくという行為に、せっかくなのでなにか名前をつけてみたいです。「読書感想文」がまさにぴったりとは思いますが、「読書感想文」と呼ぶと、学校で書かされたあれやそれが思い起こされますよね。まず感動したところの要約を書いて、なぜそこに感動したのか書いて、そこから得た教訓を書いて、それを今後の人生に活かしていきますという抱負を書いて……うーん……あれはあれでテンプレがあるので楽ではありますが、やっぱりせっかくなのでなにか新しい名前をつけましょう。テンプレのない、思い出せた範囲、感じた範囲で書いていく気楽で気ままな感想文です。誰と比べるわけでもなく、自分のために書くのです。自分のための読書をするのと同じように。

記事タイトルに見慣れないカタカナがありますね。

もはや繰り返す必要もないのではという気もしますが、こんな感じで感想文を書き連ねることを「ラシュ・エフェ (lâche effet)」と名付けたいと思います。かわいい響きですよね。フランス語です。これから、本を読んだ感想の記事を書くときは、タイトルに「ラシュ・エフェ」と入れます。ついでに番号も振ります。よければ、みなさんもご自身のブログなどで使ってください。そしてもし公開されたら、私たちに教えていただけるととてもうれしいです。読みに行きます。

それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。今日も一日、おつかれさまでした。

タイトル

本を読めなくなった人のための読書論

著者

若松英輔

編集

内藤寛

校正

牟田都子

発行

株式会社亜紀書房

印刷・製本

株式会社トライ

DTP

コトモモ社

装丁

坂川栄治/鳴田小夜子(坂川事務所)

ページ

179頁

版と刷

初版

発行年

2019年10月7日

Written by Tatsuyama, Kana
Copyright LagonGlaner and Author

「ラゴン・レキシク Lagon Lexique」は、ことばとの出会いを大切にするランダム語釈表示サービスです。ふだんの生活では出会えないことばが収録。どなたでも無料なのであそんでみてください!

運営や著者に声を送る かしこまらず、あなたの温度感で。 フォームへ飛ぶ
Liana Mikah
ブログ 思いつづるひとつひとつの日々。
Agathe Marty
エッセー それぞれが一回に懸けるもの。
daniel petreikis
Note

細心の注意を払ってはおりますが、万が一このレビューにおいて、名誉権の侵害(名誉毀損)・営業権の侵害(営業妨害)・著者権の侵害などになりそうな点がありましたら、お手数ですがご指摘・削除依頼のほどよろしくお願いいたします。なるべく早く修正・非公開できるよう努めます。

報告する・問い合わせる

『ラゴン・ジュルナル』に来てくださってありがとうございます!

「JavascriptをOn」にしていない端末やブラウザで閲覧しているかたに、このアラートが表示されるようになっております。Javascriptを許可してからおたのしみくださいませ。

Chrome「設定」→「詳細設定」→「プライバシーとセキュリティー」→「サイトの設定」→「Javascript」を許可 iPhone「設定」→「Safari」→「セキュリティ」→「Javascript」をオン iPad「設定」→「Safari」→「詳細」→「Javascript」をオン Android「メニュー」→「設定」→「高度な設定」→「Javascriptを有効」など