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缶コーヒーと河川敷

ひとり歩く女があたまの中で考えていること

散歩が好きだ。

知らない街を歩くのも好きだが、やはり気楽なのは近所の散歩。

私の家の近くには大きな川が流れていて、その周りには広大な河川公園がある。人の少なさと自然の多さに安らぎを求めて、最近はよくそこへ向かう。

決行されるタイミングは、早朝目が覚めてしまった時や、運動でもしようと思った昼間、今日一歩も外に出ていないなという夕方や、何もかも憂鬱な夜に。言ってしまえば「なんとなく気が向いた時」なのだが、今日はというと、「天気が良いのでせっかくだから散歩しよう」の昼下がり。

冬に散歩をする上で、防寒は重要だ。おしゃれなどは気にせず、風の入り込む隙のない服を選び、暖かさだけが取り柄のダウンコートに袖を通し、口元までチャックを上げる。さらに分厚めのマフラーを、耳が隠れるぐらいにぐるぐる巻きにし、ブーツを履く。手袋や帽子をしないのは装着感があって鬱陶しいから。散歩をする上で、快適さは重要だ。

持ち物は小銭とスマホ、家の鍵のみ。バッグは持たず、全てポケットに直接入れる。手ぶらで外に出ると自由を手にした気持ちになれた。河川敷へ向かう前に、自販機まで歩く。道中にある自販機を無視して、わざわざ好きなコーヒー銘柄を取り扱っているところまで歩く。散歩に効率性は必要ない。ポケットの中でジャラジャラと小銭を弄ぶ。いつも120円しか使わないのに、もしかすると違うものを買うかもしれない、と余分に持ってきてしまう。お金があると安心するのだ。それに、小銭は護身グッズになると聞いたことがある。投げつけて怯ませることができるし、地面に落ちれば音がするので、通り魔が出たときの一手としては有効だと。小銭を握り締めながら、次の角で通り魔が出ること想像する。私はちゃんと、腕を振り上げられるだろうか。固まって、動けなくなるのではないか。

角を曲がろうと通り魔は出ず、無事に自販機に辿り着く。120円を投入し、少し迷ってボタンを押すと、がごん、と迷いなく缶コーヒーを排出してくれた。微糖、このすっきりとした表記が好きだが、コーヒー以外ではあまり見かけない。あったか〜い、どころではない熱さのそれを、両手で転がして指先を温めながら歩く。平気で持てるぐらいに缶と手の温度が近づいたら、ポケットに入れて保温した。

堤防へと続く道には住宅が立ち並んでいる。ここに住んでいる人たちのことは誰一人として知らなかった。数年前に引っ越ししてきた身なので、知らない場所も多い。だからこそ歩く。自分の存在を街に見せつける。自分の生まれる前からあるような、古い家々が背負う歴史に、その雰囲気に、新参者の私は気圧されそうになる。目の前の堤防を見る。大きく、向こう側が見えないため、この先には空しか存在しないのではないか、と思う。堤防に生い茂った緑と空の青、その境界線を目指して、コンクリートの階段を急ぎ足で上る。

堤防の上まで来れば一気に視界が開ける。そこにはもちろん空だけではなく、広い公園、大きな川があり、川の向こうには街が、遠くには道路橋が見える。強い風が吹き、私の前髪を払った。この景色はいつ見ても美しかった。ほとんどこの瞬間の感動のためだけに、何度もここに来ていた。振り返ると、先ほど私を威圧した家々が大人しく座っているように見える。ほとんど無意識に、息を大きく吸い込んで吐く。肺が程良く冷やされて気持ち良い。

周りに人がいないため、口角が上がってしまうのをそのままにした。堤防の上を気ままに歩いていると歌い出したい衝動に駆られ、流行りの曲を口ずさむ。私を誘うような、なだらかな階段を見つけ、軽やかなステップで公園へ下りる。堤防を超えたこちら側を堤外と言うらしい。感覚的には逆に思えるが、堤防は洪水から家を守るためにあるため、私たちが住んでいる側を堤内と言うのだそう。私たちは内側で、いつも守られている。

適当なベンチに腰を下ろす。ここでやっと缶コーヒーを開ける。静かな、だだっ広い空間で、飲み込む音だけが耳に近く、大きく感じる。温かさが喉を伝い、体の中心へ落ちて、じんわり広がる。半分ほど飲んで、息を吐くと、からだ全体が脱力し、やっと河川敷の一部になれた。時間なんて存在しないような、こんな時間は、私なんて取るに足らない存在で、それが嬉しかった。

なんだか急に眠気がきて、ぼんやりとした目で、川を見る。前に住んでいた家も、この川沿いにあった。子どもの頃、河川敷は定番の遊び場で、よく冒険と称して歩いたり、秘密基地をつくって遊んだ。ひっつき虫だらけになった。あの時と同じ川だ。ずうっと続く堤防を、川の流れに逆らって進めば、いつでもあの場所に帰ることができる。今でも、今すぐにでも。

ふと気づく。堤防は、川がある限り続いているのに、私はいつも無意識のうちに、昔の家がある方向へ歩いていた。今日もそう。上流へ。過去へと遡るように。自分の心を見透かすことができたような気がして、ひっそりと笑った。悪いことではない。けれど、今度来る時はいつもと違う方向へ歩いてみようと思った。川の流れに逆らわず、波に合わせて、ゆったりと。

そんなことを考えていると、缶はすぐに冷えてしまった。帰りの合図だ。残りのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。体の芯まで冷える前に、急いで帰ろう。散歩は決して、無理をしてはいけないのだ。

Written by Izumi Nakamura
Copyright LagonGlaner and Author

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