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小説に「素手」で触れたら負傷した

話が浮かばない。
 無理やり一文を書いてみても、それ以降が繋がらない。

小説を書くのが好き。だけど、本当に書けなくなることが多々ある。向いていないのだろうか。時間は豊富にあるのに、好きなことさえ出来ないのが悔しい。

パソコンの前で固まっていても駄目だ。何か気晴らしをしようと立ち上がり、どうせなら普段しないことを、と考える。

リビングの白いチェスト。下から二番目の引き出しを引くと、すーっと木の擦れる音がして、あるところで手前に傾き止まる。絆創膏、写真、ガムテープ。内容は雑然としているが収納としては整っている中に、半透明のプラスチックケースに入ったマニキュアを認める。当てずっぽうで開いたがここで正解だったようだ。年末に断捨離をしたため、友人にもらった赤か、去年の秋に買ったくすみピンクしか選択肢がない。今の私に、赤は色が強すぎて負けてしまうので、即刻ピンクに決定した。

マニキュアを塗るのが下手、というか、その気になれば綺麗にできると思っているけれど、その気にならないのでいつもはみ出す。しばらく人に会う予定もないし、多少は良いだろうとざくざく塗っていく。

両手を塗り終わると、乾き切るまで特に何もせずに待つ。この時間のためにマニキュアを塗ったと言っても過言ではなかった。

制限されることが救いになることがある。
 例えば電車の中。目的地に向かっているという名目があるので、スマホをいじっても自責の念に駆られない。
 今もそう。私は乾かすためにじっとしている。今だけは、何も出来ないことを嘆かなくて良い。

書けないことは一旦諦めて、書く力をつけることにエネルギーを注ごうか。 前から考えていたことがある。私は自分の小説の構成や設定についてあれやこれやと悩むくせに、プロの小説をそういった目線で読んだことがなかった。いつも読者視点で物語を満喫してばかりで、勉強のために小説を読む経験が圧倒的に足りないのではないか。 絵を描くにしたって、模写は上達に必要な行為だ。

そう思ってもなかなか行動に移せなかった私だが、次の日、ライターズドキュメント「素手なるインプット - 技術のおおくは素手から入ってくるようになっている」が、こう語りかたりかけてきた。

 あとは写経もいいでしょう、他人の文章を書き写すことです。
 文章はリニアなので追いかけることができます。じぶんの認める書き手、だれかがおすすめしていた文筆家、たまたま見つけた記事、なんでもいいので追いかけてみると疑問がたくさん浮かんでくるはずです。 (Lagon Journal『素手なるインプット - 技術のおおくは素手から入ってくるようになっている』)

これによって考えが補強され、かつ運命的に自分を肯定された気持ちになった私は早速本棚に向かった。

自分が尊敬する作家の、ページ数が少ない小説を手に取る。何の小説かを明記した方が親切だと思うが、好きな小説を晒すのは片思いの相手を打ち明けるぐらい恥ずかしいので許してほしい。

iPadを携え、どのように話が展開されているかなど、構造的な部分や気づいたことをメモしつつ、好きな文章は全て書き写した。

1日目は、圧倒的な文章力に打ちのめされて3ページ目でギブアップ。この方法で読むと言葉選びの凄さをフルで味わうことになり、でんぐり返しを練習している横で次々とロンダートを跳ばれているような悔しさを感じる。
 自分の書きたいものはもう全て、この方にお任せした方が良いのではないか。 駄々をこねる子どものようにベッドの上でバタバタして、そのまま寝てしまった。

2日目はコツも掴めてきて、かなり読み進めることができた。
 初日に読んだのは人を惹きつけることに特化した、いわゆる”引き”の部分なため、なおさら作家の才能に当てられたのだろう。そういう読者との駆け引きも勉強になる。
 ぼうっと読んでいた時には気づかなかった、巧みな情報開示、鮮やかな場面展開に舌を巻く。

3日目も順調に読んでいたのだが、話が面白すぎて徐々に作家目線から読者目線に降りてきてしまう。それでも耐えつつ、段落ごとに立ち止まってメモを続けていたが、ラストは立ち止まっている暇などなく、Apple Pencilを投げて完全に世界に没入してしまった。

知ってるのに。読んだことのある本なのに。こんなに素晴らしい小説がこの世にあるのか、と読み終えて打ちひしがれてしまう。いつ読むかで小説は形を変えるから、いつも最新だ。私もいつも最新の私だ。

良い小説を読むと、感動のあまり生死について考えてしまうのが私の悪い癖だ。死んでしまいそうな気分と、生きていることの幸福が同時に襲いかかってきて、目の前がチカチカして、足の指が冷えて、誰かを思い出そうとして誰の名前も浮かばなくて、ああ、と叫ぼうとするけど声にならず、声にしたら負けだと思い直して、冷静になろう、という言葉がぐるぐる巡って何も生み出さない。

小説を持ったままの手を見ると無様にネイルが剥げていたので、塗りなおそうという頭に切り替えることでなんとか助かろうと思い、リビングへ走った。

白いチェストの下から二段目。先日と同じくすみピンクを手に取ろうとして、隣にあった鮮やかな赤に心が惹かれる。 少し考えてから、ネイルが剥げた部分にだけ、金継ぎをするように赤を塗っていった。実際に爪にのせてみると、アメリカンチェリーをじゅくりと潰したような、鮮血よりも可愛い赤色をしていた。

私に寄り添うくすみ色と勇気を与えるチェリー色が3:1の割合で塗られたちぐはぐな爪は、今の私にちょうどぴったりに思えて、生えたばかりの素爪の微ピンク色まで愛せそうな気分になった。

塗り終えれば、どこにも触っちゃいけない時間に守られる。気持ちが落ち着いたらこのネイルは綺麗に落として、また素っぴんの爪で生きようと思う。読書は少しおやすみ。

Written by Izumi Nakamura
Copyright LagonGlaner and Author

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