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寂しさの話

とおくに夏の雲を見つけて嬉しくなった。スーパーの入り口で撮るには周りの目が気になって、自転車をこいで、こいで、家についてすぐベランダに出て撮った。

撮影用に買った紫陽花が、お風呂場でしなしなになっている。朝、出かける前にお水を浴びせたけれど、少しずつ終わりが近付いている。どこどこ農園の紫陽花、という商品名のその紫陽花は、確かに外で出会うどの紫陽花よりもおおきく、つやつやとして、うつくしかった。だから、もう少しくらい長生きしてほしいと欲張りになって、付属していた手入れ方法の紙をじっと読んだ。茎というより幹と呼べそうなところをばちんと切り落とし、その分元気になって、と願いを込めてみる。帰宅して花びらにつやが戻っていると、ほっとした。
 お花を買うたび、上手く手入れができなくて枯らしてしまう自分に寂しくなる。そんなことをもう1年以上続けていた。捨ててしまうときの申し訳なさに、はじめの頃は泣きそうだった。次第にながく咲くようになり、元気にいてくれる姿を見て嬉しくなった。それぞれの花と過ごした時間は短くも、手をかけた分背中を押してくれて、水やりが、手入れが、ようやく生活に馴染んできた。少しいい花瓶を備えて、花を迎えていたいという心積もりをして、余裕まで見えるみたいだ。思えば、生きゆくものの世話をすることは、はじめてといってもいいかもしれない。兄弟も動物も身近にいたことのなかったわたしは、そういうものの大切の仕方を知らずにいた。水をやらないとしんでしまう、そんなことすら。ほんの数秒、しなりとした花びらを目にして、水を与える必要を脳が判断して、腕が水を汲む。その回路がやっと整ったことをうれしく思う。人間になれた。そういうしなやかさがどの命ともやりとりできるのだとしたら、花だけでなくひとであっても、確かに応用できると信じ始めている。わたし自身や身近な誰かを、ちゃんと丁寧に大切にするやり方が可視化されたみたい。あと何年か早くに知れたら、手を離さずに済んだだろうひとを思い出す。後悔のひとつくらい花と一緒に弔って、今ある縁を離さずに包んでいても、許されるだろうか。

*

3時間って意外とすぐなんだよな。地元へ向かう電車のなかで、手持ちぶさたに過ごすのが贅沢だと思いながら、ことばを書いている。窓の外を見ると視界の7割が緑色で(残りは水色)、ついノスタルジーにやられてぼーっと眺めてしまう。この前訪問したお宅のご近所からピアノの音がしていて、ああもう夕方、子供が練習し始める時間だなと、古き記憶が渦巻いた。わたしもそういう子供だった。木曜日はピアノの日、学校から帰って16時はピアノの時間。そろそろ弾いてみる?とベートーベンを勧められたときは嬉しかった気がする。もう譜面も読めなさそうだけど。うちにあったピアノはつい最近手放したと、母から連絡が来ていた。わたしより先に「寂しいね」と言うものだから、もう前を向くしかなさそうだった。

Written by Amagaya. Haru
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