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勝手に生まれていってしまう物語と「聖地」

「聖地」に住みたがっていた頃の話です。

幼い頃から大学に入る直前まで,ずっと実家に住んでいました。海沿いにあったその町は「観光地がない」と言われる愛知県の中だったからなのかもしれませんが,やっぱり特にこれといった観光地ではなく,物語の舞台でもない,「なにもない」町だったのです。

そんな私は,小さい頃から本やマンガを読んだりドラマや映画を観たりするのが好きでした。またそれと同時に「その中に出てくる舞台」にも興味を持っていきました。ここでいう舞台というのは,その物語の登場人物が日々暮らす街や地域のことです。そこに出てくる舞台はどれもキラキラしていて,私もそんなところに住んでみたいなあ,なんてふわふわしたことを思っていました。その舞台が実在するかどうか,当時の私にとっては大した違いがなく,ファンタジーの中でエルフが暮らす街も,ドラマの中でキラキラした主人公たちが暮らす街も,同じような空想の中の街でした。

そんなわけで私は,よくある高校生と同じように,東京を夢見て,大学に進学しました。ほんとうは京都の大学にも行きたかったのですが,とにかく「なにもない」町から抜け出して,なにか物語のある場所に,住みたかったのです。

話は変わりますが,少し前からある「聖地巡礼」ということばをご存じでしょうか。これは主にオタクの間で使われていることばであって,Wikipedia によれば

漫画・アニメなどの熱心なファン(愛好家)心理から、自身の好きな著作物などに縁のある土地を「聖地」と呼び実際に訪れること。
Wikipedia - 「巡礼 (通俗)」(版:2020年2月27日 (木) 13:33)

とされています。わかりやすいことばにすれば「舞台探訪」「ロケ地巡り」といったところでしょうか。ちなみに私もこういった「聖地巡礼」はかなり好きな方で,友人と一緒にその地を訪れて,アニメに出てきた公園や施設,飲食店などを巡りました。「聖地巡礼」をする中で,じぶんも物語の中にいるのだ,という実感を得たかったのだと思います。

東京に引っ越してきてから,しばらく経ちました。大学に入学してから引っ越すまで,私はほとんどずっと,中央線沿線に住んでいました。これはもちろん大学に通いやすかったり,色んなところに行きやすかったり,というのもあります。
 でもほんとうのところは「聖地」が周りに多かった,というのも大きかったのかもしれません。中央線沿線にはたくさんのアニメスタジオがあり,彼らが沿線でロケをして作品を作っているうちに,どんどんそこが「聖地」になっていくからです。中央線沿線に住んでいると,ちょっと電車に乗ればそういった「聖地」を実際に訪問することができます。まとまった週末のたびに「聖地巡礼」をして,これが実際に「物語の舞台に住む」ということなのかな,といったふうにも,思っていました。そしてそういう日々は,とても楽しいものでした。

でもこれってほんとうに「物語の舞台に住む」ことになるのでしょうか。そんなふうにも,思うようになりました。なぜかというと,物語の外側からでしか「聖地を聖地として」認識することはできないからです。物語の登場人物たちは,じぶんたちの暮らしている街を「聖地である」というふうには認識していないはずです。
 またそういった「聖地」の中には「ふつうに暮らしている」人たちも存在していました。元からそこに暮らしていた人たちのことです。彼らも物語の登場人物たちと同様に,それまで「聖地である」というふうには認識していなかったはずです。

もしかしたら私は,そんな人たちのことがうらやましかったのかもしれません。住み慣れた場所が急に「聖地」となってしまうのは,さまざまな想いがあるとは思うのですが,物語の登場人物と同じような生活をその中でしている人たちは,なんだか魅力的に思えるのです。

そうしたら私は住んでいる街が「聖地」になるのをじっと待つしかないのでしょうか。でも考え直してみると,私が気づいていないだけで実はたくさんの「聖地」がありました。元恋人とはじめてデートしたお店,内定通知を受け取ったときにいたところ,昔住んでいた街,友だちとケンカした公園,酔いつぶれて寝ていた道路など,実は私の中にもたくさんの物語があったのです。というところまで書いて「聖地」と言うほどのものではなく,単に「思い出の場所」くらいのものだ,という気もしてきました。
 私は物語の主人公ではもちろんないと思っていますし,私の日々がそんなにドラマチックなものだとも思っていません。けれど,多くの人がなにも思わずに通り過ぎていく場所には特別な想いがあって,それは私だけが知っている。それもまた,ひとつのドラマチックなものなのかな,とも思うようになりました。

つまり「物語の舞台に住みたかった」私は,実はとっくに物語の舞台に住んでいたんですね。人間が生きていると勝手に物語は生まれていって,同時に「聖地」も生まれていくのでしょう。実は先に挙げた「思い出の場所」をきちんと思い出してちゃんと「聖地」として扱えるようになるには,それなりの時間がかかりました。そこには楽しい記憶ばかりではなく,苦い記憶も紐づけられていたからです。
 けれど,本当は忘れたいと思っていた記憶も,その「聖地」に行くと,ふっと思い出してしまうんですね。そして何度かそれを繰り返していくうちに,苦い記憶が薄れていって「そういえばこういうこともあったなあ」と思えるようになりました。これが「聖地」の持つスピリチュアルなパワーなのかもしれません。

そんなわけで,今後も勝手に生まれていってしまう物語と,勝手に生まれていってしまう「聖地」との付き合いは続いていきそうです。

Written by studio_graph
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