///

昆虫に対して新しい視線を向けた日

生きもの、標本、以外の姿

こんばんは、龍山香名です。

タイトルで「やべっ」と感じた方、すみません。下にあるボタンは押さないほうがいいと思います。

でもこれだけは言わせてください。私は昆虫が苦手です。「昆虫」とスマホ(iPhoneを使っています)で打ち込むと予測変換一覧に虫の絵文字がたくさん出てきますが、それだけでかなりつらいです。絵文字だけ予測から消す機能とかあったりしないのでしょうか。また、殺虫剤がなぜあんなリアルに昆虫を描いたパッケージまみれなのかもわかりません。もっと現実味の薄いパッケージにしてほしいです。キンチョールとホワイトキャップホウ酸団子しか買えません。

でも、好奇心に負けてしまったのです。

ようこそ!――なんてわざわざ隠したわりに、そんなに衝撃的なものは食べていません。衝撃的なメニューもあったのですが、そのときの私と仲間たちにはそこまでの勇気はありませんでした。具体的に言うとゴキブリとか。うう……

まあ、食べたと言っても本当に初級の初級レベルしか食べていません。ミルワームとタランチュラです。ミルワームはハムスターのえさに使われたりするそうです。カイコを細くした感じでした。白くはありませんけど。タランチュラはみなさんご存じ、手のひらくらいの黒いクモです。

なぜ昆虫が苦手なくせに食べようと思ったのか。私もよくわかりません。大阪の難波にある爬虫類カフェ「ロックスター」に爬虫類と触れ合うために入ったところ、隣に座ったお客さんが昆虫メニューを頼んでいたんです。それを見て「いいなあ」と思ったのがおそらくきっかけです。あと、店員さんに昆虫食をアツくおすすめされたというのもあります。結局そのときはひとりだったこともあって勇気が出ず、おとなしく爬虫類たちと触れ合って帰宅したのですが、湧いた好奇心を抑えることができず、実行に移してしまいました。それと、昆虫を食べることができたら、昆虫への苦手意識をすこし克服できるのではないかという淡い期待もありました。ちなみにこの期待は盛大に打ち砕かれました。動くか動かないかにはやっぱり大きなちがいがありました。

そういえば、中学時代の地理の先生が教えてくれたのですが、真にグローバルなひととは「出された料理を何であれひとくちは食べることができるひと」だそうです。嫌な顔をしてもいい、吐き出してもいい。とにかく口に入れること。それだけでなかよくなれるのだそうです。食べさせる側の気持ちを想像するならば、たとえば初めて日本に来たひとに納豆を食べさせるようなものでしょう。ひどくくさくてしかもねばねばと糸を引く、まるで腐っているとしか言えないつぶつぶしたものを食えと言われて驚愕するひともきっといると想像します。たぶん、そういう反応って納豆を食べ慣れている私たちからしたらかなりおもしろい。ひとくちでも食べてくれたら、やるじゃん! と肩を叩いてしまいそうです。たぶん、そんな感じです。見知らぬ食べものをひとくち食べることの勇気、慣れない文化をなんとか少しでも受け入れてみようとする姿勢。中学生ながら大変感銘を受け、とにかく何でも最初のひとくちだけは口に入れられるひとになろうと心に決めました。

なんてことをしみじみと思い出しながら食べるわけはありません。今の私が書きながら思い出しただけです。当時の私は「人生で一回くらい虫食べたくないですか?」と言って釣った仲間たちとはしゃぎながら挑んでいたので、何も考えていませんでした。とはいえ身のほどをわきまえた面々だったので、昆虫メニューはふたつにしぼり、あとはヤモリを焼いたのとカエル&オタマジャクシが入ったスープを食べました。どちらも小さな骨が多くて、扱いにくくて、なるほどたしかに肉の部分はおいしいけどメジャーな食料にはなりにくそうだなと思いました。小さな骨がたくさんあるというと魚も骨のせいで食べるのに一苦労するイメージがあるのですが、こちらはかなりメジャーな食料ですね。なぜなのでしょう。慣れの問題でしょうか。

余談ですが、私は小さいときに一度魚の骨が喉に刺さって病院に駆け込んだことがあります。ちょっとしたトラウマですが、今も魚はおいしくいただいています。でも骨はやっぱり怖いです。ツナ缶や寿司などが一番安心して食べられます。さらに余談ですが、親曰く私は子供の頃にすれちがった見知らぬ犬に発情されたことがあるそうです。私が犬が嫌いにならないか親はちょっと心配したそうですが、無事に犬好きとして成長しました。トラブルがひとつやふたつあっても意外と嫌いにならないものみたいですね。なのになぜ、今まで特に被害を受けてこなかったはずの昆虫は苦手なのでしょう。不思議です。

本題に戻ります。皿に載せられた彼らは、見た目はやっぱり虫ですが、揚げられていたこともあってカチコチにかたまっていました。その姿に対して、虫が苦手なはずの私は一切の恐怖を感じませんでした。私は少なくとも彼らのビジュアルそのものに恐怖を感じているわけではないらしいということがわかりました。やっぱり触覚とか脚とかは気持ち悪いなと感じましたけど。

そういえば、今まで昆虫の標本に対して恐怖を抱いたことはありませんでした。水族館や動物園などで展示されている、ガラスの向こうにいる昆虫も怖いと感じたことはありません。むしろしげしげと興味深く眺めてしまいます。もしかして、うごめく何かが自分に直に触れるかもしれないというのが恐怖のみなもとなのでしょうか。

昆虫が皿に乗っていることへのぬぐいきれない違和感や、昆虫を食べることを決意した過去の自分へのささやかな怒りをしずめるため、一同総力をあげてはしゃぎながらミルワームを一匹ずつつまんで口に含み、タランチュラをちぎって(ナイフで切ったかもしれません。忘れてしまいました。)みんなで分けました。

まず最初に食べたのはミルワームを揚げたものでした。ちまちまと脚が生えて片側に頭がついてるだけで、サイズ感はポテトに近いものだったからか、最初の一匹を乗り越えたあとは問題なくいけました。脚の部分がちょっとだけ口の中で引っかかりますが、噛んでしまえば気になりません。ひょいぱくっと食べられます。お酒のおつまみにもできるかもしれません。意外に抵抗なく食べられるもんだな、と我ながら驚きました。まあ、口に入れる前に全力でテンションを上げて冷静な判断力を消そうとしていた甲斐もあったとは思いますが。

次に挑んだタランチュラを揚げたものは、手のひら大なだけあってはっきりと自分は昆虫であると主張してくる見た目をしています。メイン料理くらいの存在感はありました。みんなでやべえやべえと言い合った気がします。ところがちぎってざっくり分けてみると昆虫らしさは一気に薄れてしまい、もはやほとんど抵抗なく口に入れることができました。毛がついていたので見た目はちょっともじゃっとしていましたけど、揚げられていたので毛ごとパリパリしていました。これで毛がふさふさしてたらちょっと険しかったかもしれません。生きたタランチュラって触ったらふわふわだったりするんでしょうか。触りたくはありませんが。

そんなこんなで、初めての昆虫食は思ってたよりもずいぶんあっさりと達成できてしまいました。がっつり昆虫の見た目をしたものが皿に載っていても驚きおののくのは最初だけだということがわかりました。味は……ちょっと薄めのエビの殻を食べてる感じというか……まあ、まずくはなかったです。

でも、こんなにあっさりいけたのにはおそらくわけがあります。というのも、私は野生の彼らをナマで見たことがありません。そもそも野生のミルワームやタランチュラが日本にいるのか知らないのですが。そういう意味では食事として提供された彼らは、私にとっての魚や牛などに近いものだったのかもしれません。私は海や川の近くに住んだことがないので、生きている魚は水槽に入っているのしかろくに見たことがありません。たまに池にコイがいるくらいです。牛も牧場にいるのしか見たことがありません。そしていざ食卓に並ぶときは大体すでに原型をとどめていない状態になっています。

野生の姿を日常の中でナマで見る機会がある昆虫といえば、セミ、クモ、ゴキブリ、カメムシくらいでしょうか。このラインナップのすくなさは都市部に住んできたからかもしれません。東京にいた頃はカメムシの存在すら知らなかったので、これでもちょっと増えたほうです。あとはまず出会うことはありませんがハチとかもいますね。ハチというと、たしか酒につけておくやつがありますよね。あれってつけたハチは食べるのでしょうか、それとも味噌汁の出汁みたいな扱いでハチ本体は捨てるのでしょうか。

私以外のひとたちは野生のタガメをナマで見たことがあるらしく、メニューにタガメがあるのを見て、それだけは絶対に嫌だと口々に言っていました。明らかにミルワームやタランチュラには抱いていなかった嫌悪感をタガメに対して抱いていました。私はタガメという名前すらそこで初めて知ったので残念ながらよくわかりませんでしたが、野生の姿を見たことがあるゴキブリについては私もかなりきついなと感じたので、たぶん、野生の姿を見たことがあるかどうかで何かが変わるのだと思います。でもヤモリやカエルだって見たことがあるはずなのに、そちらはみんなでスイスイ食べていました。食料として受け入れやすいかどうかの差なのでしょうか。ちぎっていれば大丈夫なのでしょうか。なんであれ粉にしたらバレなさそうですし、栄養も豊富らしいので小麦粉製品に混ぜ込んでみたいですね。お好み焼きとかどうでしょう。

ちぎったら平気になるというのはもしかして、それによって全体像がわかりにくくなって「これはホニャホニャ(何か生きものの名前)だ」と感じにくくなるからでしょうか。スーパーに置いてあるようなパックに詰められた切り落とし豚肉のことを「豚だ」と言うひとはあまりいません。「豚"肉"だ」と大半のひとが言うと思います。たぶんこういうのが理由のひとつにあるのではないでしょうか。丸焼きだったら「豚だ」と言いそうですけど。まあ、ただの思いつきですけど。

とにかく、昆虫は皿に載りうるということにかなりの衝撃を受けました。それまでは目の前でたくさんの足をうごめかせる、得体の知れない、恐怖心を煽ってくる生きものというイメージしかなかったのですが、少しだけ見る目が変わりました。思い起こせばイナゴを佃煮にしたものを普段から食べる地域もあるそうですし、特別驚くことではないのかもしれません。

あれ以来、ちょっと大きめの昆虫を見るたびに「もしかしたらこれも食べられるのかもしれない」と思うようになりました。つまり、昆虫を食べものの候補として見ることができるようになりました。まあ、そんなことを言ってもやっぱりこわいものはこわいですし、できれば野生の昆虫には会いたくないですけど。そろそろ虫が増える季節ですね。キンチョールが手放せなくなりますね。

そういえば、昆虫をがんばって食べる会の終わり際にメンバーのひとりから「あやうく虫を食べずに死ぬところでした、ありがとう」と感謝してもらえたので、募ってよかったなあと思いました。

これを読んで昆虫を食べることにうっかり興味を持たれたかたは、ぜひ近くにそんなメニューを出しているお店がないか探してみてください。

それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。今日も一日、おつかれさまでした。

Written by Tatsuyama, Kana
Copyright LagonGlaner and Author

「ラゴン・レキシク Lagon Lexique」は、ことばとの出会いを大切にするランダム語釈表示サービスです。ふだんの生活では出会えないことばが収録。どなたでも無料なのであそんでみてください!

運営や著者に声を送る かしこまらず、あなたの温度感で。 フォームへ飛ぶ
Liana Mikah
ブログ 思いつづるひとつひとつの日々。
Agathe Marty
エッセー それぞれが一回に懸けるもの。
daniel petreikis

『ラゴン・ジュルナル』に来てくださってありがとうございます!

「JavascriptをOn」にしていない端末やブラウザで閲覧しているかたに、このアラートが表示されるようになっております。Javascriptを許可してからおたのしみくださいませ。

Chrome「設定」→「詳細設定」→「プライバシーとセキュリティー」→「サイトの設定」→「Javascript」を許可 iPhone「設定」→「Safari」→「セキュリティ」→「Javascript」をオン iPad「設定」→「Safari」→「詳細」→「Javascript」をオン Android「メニュー」→「設定」→「高度な設定」→「Javascriptを有効」など