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マタニティマークが怖い

子どもの声が苦手だ。とくに、泣き声が。ショッピングモールなどに行くとあちこちで子どもの声がする。声をあげて走り回る子どもたち。きゃあきゃあとはしゃぐ子もいれば親に抱き上げられてもなお泣き喚く子もいる。
 どこにでもある光景、いつもの日曜日。

一見平和なその光景と裏腹に、わたしの中に暴力性が沸き上がる。
 頭の中に浮かぶことを打ち消し打ち消ししてなんとかその場をやり過ごす。だから、基本的に子どものいる場所には行かないようにしている。

今となっては、父がわたしに暴力をふるったのもなんとなく理解できる。同じものが自分の中にあるからだ。わたし以外の子どもにはそうしなかったのは、たぶん、父も長子で同じことをされていたからだろう。父の母、つまりわたしの祖母もまた、厳しい親に育てられた長子だった。そう気づいた時、子どもは絶対に産まないと決めた。産めば、父と、祖母と、同じことをするに決まっていると容易に想像できたからだ。

保健体育の授業で子どもが産まれる過程のビデオを見た時、言いようのない気持ち悪さがあった。生殖に対しての忌避感は、その後強くなったり弱くなったりして、ある時はアセクシャル*1自認という形で現れたりもした。

妊婦用の制服を着た同僚の、お腹が膨らんでいく恐怖を誰にも言えず、泣きそうな気分で同じ部屋で仕事をしたことがあった。職場の誰もが彼女の妊娠を祝っていた。親しくなかったことも一因ではあったけれど、わたしは何も言えなかった。
 連れ添って歩く男女の、女性の革のバッグに不似合いなポールチェーンを見つけた時。子どもを連れてマザーズバッグにマタニティマークをつけている人。電車で立ち上がった人のリュックサックにマタニティマークがぶら下がっていた時。
 今も状態によっては妊娠している人やそのマークを見るだけで精神的な安定を欠くほどに、子どもと、子を産むということはわたしにとってあまりにも恐ろしいことであり続けている。
 こんなにも強い恐れがあることをあっさりと遂行してしまえる、そのことがわたしには怖い。

頭ではわかっているのだ。暴力も暴言も抑圧もない家庭で育つ子どもの方が多いのだと。それでも、他人の妊娠にさえ怯えてしまう。マタニティマークはわたしに親と子、という組み合わせがこの世に増えてしまうことをまざまざと見せつけてくる。──妊娠中であること、すなわち出産前であることをアピールするマーク。ほほ笑むお母さんがプリントされた、優しげな、ピンク色のマーク。たとえば赤と白のヘルプマークよりも、ずっと世の中に浸透しているそれが、怖い。




*1 アセクシャル:無性愛。性的欲求や性指向を持たないセクシュアリティ。恋愛感情の有無や強さは人によって異なる。

Written by Izumi Mano
Copyright LagonGlaner and Author

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