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反省会のいらないゲームプレイ鑑賞

そこにひとがいるか、いないか

こんばんは。龍山香名です。ゲーム実況プレイ動画について。

ゲーム実況プレイ動画が好きです。ぶっちゃけ、自分でゲームを遊ぶよりも動画を見ているほうが楽しかったりします。自分で遊んだほうが自分にとってちょうどいいタイミングで物語やクエストなどを進めたり寄り道したり選びたい選択肢を選べたりと、自分の思うように動かせるにもかかわらず、他者にとってちょうどいいタイミングで勝手に進められていく動画を好んで見ています。ゲームを遊ぶのが嫌なわけではありません。いざ目の前に電源の付いたゲーム機とゲームソフトが用意されていたら気がつくとそのゲームで数時間が消えているので、むしろ好きなんだと思います。

「ゲーム実況プレイ動画」とは、プレイヤー(実況者)のプレイ時の音声を乗せたゲームプレイ動画のことです。声だけでなく、プレイ時の表情も合わせて乗せるひともいます。ちなみに、ここでの「ゲーム」とはデジタルゲームを指します。

普通に考えたら自分で遊ぶのが一番いいに決まっています。自分の操作を反映してこそのゲームです。ゲームプレイ動画はゲームではなくただの動画で、視聴者は眺めることしかできません。それでも私はゲーム実況動画を見ます。それはゲームを買うお金を出し渋っていたり、最後までクリアできる自信がなくて手を出しにくいと感じたり、ゲームに時間を使いすぎることを恐れていたり、そういうおよそゲーム好きを名乗れない性質が関係しているのかもしれません。

過去はたくさんゲームをしていました。帰宅したらすぐにゲーム機の電源を付けるような子供でした。親の理解もあり、ゲームをしながらごはんを食べることもしばしばでした。しかし、次第にゲーム以外のやるべきこと、つまりは学業なのですが、それに取り組もうとしてゲームに割く時間がなくなりました。もともと既にゲームに飽きつつありました。毎日電源を付けることで自分はゲームがまだ好きなのだと再確認して安堵する日々でした。そのため、学業は都合のいい言い訳でした。「勉強が忙しくてゲームをする時間がない」と。

しかしゲームが嫌いになったわけではありません。先ほども書いたとおり、むしろ好きなのだと思います。新作のゲーム情報を見ては「いいなあ」となります。買わないんですけどね。私がゲーム業界に何か貢献できるとしたら、そういった実況者の動画を広めて、彼らの人気に微力ながら貢献し、彼らが動画を上げ続けるモチベーションを途絶えさせないようにすることくらいしかないと思います。

そんな私にとってゲームプレイ動画はとても魅力的でした。自分で遊ばずしてゲームの中身を知れるわけですから。横で聞き流していてもいいんです。まあ、気がついたら動画が終わるまで画面を見つめ続けているんですけどね。とにかく、(動画を「ゲーム」と呼んでいいかは置いておいて)ゲームに費やす時間を大幅に減らすことができるのはたしかです。20時間、30時間とかかったはずのプレイ時間が、自分ではないプレイヤーの録画と動画編集のおかげで、ほんの数時間で済んでしまうのです。しかも、たいていのひとは自分より上手にプレイします。こうして、動画によって様々なゲームの情報を手に入れた私は、ゲームを遊ばずして「ゲーム好き」を名乗ることができるようになりました。空虚な称号です。ゲームが好きである自分にしがみつきたかったようです。

ゲーム実況プレイ動画(長いので次から「実況動画」と呼びます)ではプレイヤーのその時の声が乗った状態でプレイ動画が進んでいきます。同じゲームの同じシーンでも反応は千差万別で、既に見たことがある映像なのにもかかわらず実況者がちがうだけでまったく新鮮な気持ちで見ることができます。同じ映像を2回も見ることに抵抗のある自分が難なく同じゲームの実況動画を2本見ることができたというのは革命的です。

言い出したらキリがなくなるので、いろいろある中でも特にひたすらに自分勝手な、実況動画を見るモチベーションのもとを書きます。

実況動画は、もちろん動画にするためにいろいろと編集されたもの、全世界に発信している自覚を持った状態での反応や発言を見ることになるのですが、それでもそのひとの生の反応というか、完璧につくられたわけではないものを見ることができます。その反応さえも計算されたものである演技派の方も多数いらっしゃるのだろうとは思うのですが、少なくとも私はそう感じています。

それはまるで、友人の家で友人がゲームを遊んでいるのを横から眺めているかのような感覚を生みだします。思えば私は昔からひとがゲームをしているのを見るのが好きでした。とは言え今よりずっとゲームをしていた頃なので、自分のほうがうまくできると確信を得たときはプレイヤーになる権利を所望したりしていましたが。それに、何より私は口を出してしまいがちな性格をしています。どうしても待つのが苦手で、そんな道草食ってないでもっと先に進めよとか、そんなところで攻撃食らうのはどんくさいだとか。そのときはそれで楽しんでいるのですが、後から「どう楽しむかはひとそれぞれなのに……」とひとり反省会を開くこともしばしばでした。それでもひとが遊んでいるのを見るのは好きでした。向こうが私に見られるのを好んでいたかはわかりませんが。

ところが、動画ではなんとこのひとり反省会を開かずに済みます。つまり、口を出す相手がいないままにひとがゲームを遊ぶのを見ることができるのです。実際に隣にひとがいないというのはこれほど大きな違いを生むようです。実況動画を見ている間、私はほとんどまったく「そこはそっちに動いたら……」といった口出しをしません。「ああっ難しいなあ」くらいの反応になります。これは私が理想としている反応です。隣にひとがいてもこういう反応ができるような人間になりたいです。もちろん、これは実況者の動画編集能力によるものも大きいと思います。あまりにも冗長な戦闘シーンなんかはよく早送りしたり途中部分をカットしたりしているものをよく見ます。それに、ただ展開に反応するだけではなく、解説やツッコミを入れたりラジオのように雑談をしたりしてくれたりと、見ているひとが退屈にならないよういろいろと工夫されています。単純に、観客のことを一切気にしていない友人の気ままなプレイと、観客の存在をしっかり認識し意識している実況者のプレイの質がちがうだけかもしれません。つまり、私は相手の姿勢も考えないわがままな観客だということです。

ともかく、実況動画はこんな風にとても気楽に見ることができます。動画や生放送中にコメントを送るのもやってみたいのですが、これについてはいまいち勇気が湧かず送ったことはありません。そもそも生放送の予定はチェックしておらず、大抵生放送が終わって動画として公開されてから生放送の存在に気づきます。顔出しにもほとんど興味がなく、本人が顔出し動画を出していたら見るくらいで、どこそこのイベントに顔を出すだとか、本人はどんな外見をしているだとか、そういった情報のリサーチはまったくしていません。なんなら実況者のSNSアカウントもフォローしていません。動画の新作を見るのだけが楽しみ。その程度のハマり具合なので、「実況が好きだ」と豪語していいのかはちょっと疑問です。ですが、今読んでいる本に「ファンとは次の展開を楽しみにするひとのこと」といったことが書かれてあったので、ファンを自称する勇気は出ずともせめて好きであることは自称していこうと思います。

ちなみに記事の最後にいつも書く(つもりの)終わりの挨拶は実況動画に影響を受けています。夜ごはんを食べながら見て、最後にその挨拶をもらうと少しうれしくなるというか、ほっとするので、私もと真似しています。動画の最初の「こんばんは」とかに対してつい声を出して「こんばんは」と返してしまうので、私は実は子供向け番組のおねえさんに憧れるひとりの子供なのかもしれません。私から挨拶を受けてほっとするひとがいるのかは甚だ疑問ですが、まあ、他ならぬ私自身がやっていて少し安心するので続けます。

それでは、ここまで読んでくださりありがとうございます。今日も一日、おつかれさまでした。

Written by Tatsuyama, Kana
Copyright LagonGlaner and Author

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