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直解することの善悪の彼岸 - プロフィール帳のやさしい嘘

むかし、学校でプロフィール帳というのが注目されていました。おもにクラス替えの時期に女子のあいだで取引されていて、名前や好きなタイプといったパーソナルな情報をアーカイブするものだったと思います。基本は女子でたのしそうに流通させているようでしたが、ときどき男子のほうにも下ってくることがあり、なぜか拒否しにくい独特の空気感もあって困りながらひとつひとつ項目をフィルインしていました。

好きな曲のところには、ほんとうはSOUL’d OUTの『ルル・ベル』という楽曲が好きなのに、ケツメイシの『涙』と記します。好きなタイプのところには、ほんとうは知的感性が似ているひとが好きなのに、明るいひとと書きます。尊敬する哲学者のところには、ほんとうはヘラクレイトスなのに、ニーチェと述べておきます。そういうウソ・イツワリの記憶がみなさんにもあるかと思います。

じぶん謹製のじぶんに関するウソとイツワリをあらためてながてみると、あまりに滑稽でくだらなく感じてきます。なあにが「好きなタイプは明るいひと」だよ、とじぶんでじぶんを炎上させたくなるほど、ウソしか言っていないことにショックを受けます。でも、見方を変えれば、こういったウソは、じぶんという人間の自己出荷を惜しんだという点において、じぶんを尊重したとも言えるでしょう。じぶんだけのじぶんが、今日も守られたという泰平の気分でもあるはずです。

かつてニーチェが『善悪の彼岸』のなかで、「じぶんについて話すことは(じぶんについて)隠すことでもある Viel von sich reden kann auch ein Mittel sein, sich zu verbergen.」と語ったように、なるほどこうやって隠していたんだなとわかるようになってくると、ウソもイツワリもありがたく感じられてきます。プロフィール帳というのは、ある意味で、私のウソをそのまま通してくれる代弁者だったのかもしれません。そこに「好きなタイプは明るいひと」と書いておけば、私だけの真実は優雅に沈んでいられたのです。

逆にいえば、「プロフィール帳に書いてあることを真に受けてくれる」ことが、学校という地獄のキッズ緊密社会における最大の配慮コミュニケーションだったのかもしれません。もし「ここに書いてあることって全部100%ホント?」と追及したがるひとがいたら、その集団は崩れてしまうのではないかと思います。直解してくれることのありがたさを感じます。

一方で、直解ばかりではコミュニケーションが成り立たなくなることもあります。真に受けるやさしさと、真に受けないやさしさがあるとでも言えばよいでしょうか。人間はわがままなので、わかられたくない真実と、わかってほしい真実のパターンやグラデーションをもっています。「ほんとうのところ」をわかち合いたいこともあります。面倒な直解と非直解をかいくぐって、より深化した文脈を共有したいと思うこともあります。

そういう意味で、「仲良くなる」というのは、だれかがじぶんについて言ったことを直解しておいてあげる関係になることと、そこから傷つけ合うことをわずかに覚悟して内なるぶぶんを共有できる関係になることのふたつがあるのでしょう。

相手の言ったことのなにを真に受けて、なにを真に受けないか。あるいは、なにを真に受けたことにしておいて、なにを真に受けなかったことにしておくか。それは善悪で評価することではなくて、どこまでその相手といっしょに納得しながら世界を分かち合いたいか、という話なんだと思います。

いわゆる「やさしい嘘」と言われている類の嘘も、やさしいとかやさしくないとか、いいとかわるいとかじゃなくて、そのひとがその相手と、もっとずっと世界を共有したいとひたりついた結果なのでしょう。やさしい嘘をついた本人は、「ちょっくらここでやさしい嘘でもついておくか」としてつくわけではなくて、相手との世界を何度も何度も想像して、最適だと思う誤情報を伝えて、相手の直解を期待しているはずです。

かつて私がプロフィール帳に書いたことも、見方を変えれば「やさしい嘘」でした。クラスのひとと明日も明後日もそれなりの距離で傷つけ合わずに一年をやりすごすために、最善を待望して、直解を期待して、誠実に嘘を書いたのかもしれません。

Written by Aisaka, Chihiro
Copyright LagonGlaner and Author

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