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龍山流、猫カフェの楽しみ方

猫カフェに期待したことを放棄するまでの変遷

こんばんは。龍山香名です。
 猫カフェで何をするかについて。

皆さんは猫カフェに行ったら何をされますか。

各店舗のコンセプトなどにもよりますが、猫カフェは比較的何をしていてもよい空間に思います。猫と戯れてもよし、猫を眺めるのもよし、ゆったりコーヒーをいただくのもよし、読書や作業をするのもよし、おしゃべりをするのもよし。後ろの2つは猫カフェじゃなくてもいいじゃないかという声が聞こえてきそうですが、そんなことを言ってくるひとには声を大にして「わかってませんね!」と言います。猫がいる空間に身を置いているということが大事なのであり、コーヒーだけが目的ではないのです。コーヒーが飲みたいならわざわざカフェに行かずともインスタントコーヒーを買えばいいじゃないか、と同じくらいの的外れな発言です。私も興味のないことに対してはこういう発言をしてしまっているかもしれないので、この例示は自戒の意味も込めています。

私の猫カフェの猫との楽しみ方の遍歴をご紹介します。1回目だけ別のお店で、他はすべて同じお店です。雰囲気も居心地もよい猫カフェが近所にできてしまい、他に行く気が起きなくなっているためです。あと、すべて複数人で行っているため、おしゃべりに興じるという目的もあります。が、今回は猫カフェでの猫との接しかたについて書きたいので、どんなおしゃべりをしたかとかは除外します。

初回。必死に猫と触れ合おうとし、そして撃沈しました。猫は私のことなど目もくれず、ほかのひとたちと仲良くしていました。なんだ、猫カフェっていっても猫と触れ合えるわけじゃないんだ、と落胆しました。今思えば、猫も見知らぬ大きな生き物に突然近寄って触ってこようとされたらびっくりするに決まっています。この落胆は、猫カフェにいる猫は誰にでも触らせてくれる、猫カフェとは猫と触れ合う場という思い込みがあったのが原因でした。

2回目。猫を触るぞという意欲はかなり減っていましたが、せっかく来たしと何回かは触ろうと試みました。全滅でしたが。このときは触ることや近寄ることよりも猫の写真を撮ることに躍起になっていました。ロングスカートを履いていると猫がじゃれてきやすいらしいことを知りました。知っただけですが。

3回目。もうほとんど触る気はありませんでした。特に狙ったわけではなかったのですが、この日は誕生日の猫がいて、猫用ケーキを店員さんから配られたので、それを猫にあげました。食べ物を持っているとみんな寄ってくるのだということを実感しました。猫カフェで売られているおやつを買おうとはあまり思わないので、貴重な体験をしたと思います。猫用ケーキはツナ缶のような、なんというか、とにかく魚のにおいがしました。

4回目。試しに一切触ろうとしないで、一箇所にじっと止まってみることにしました。しばらくすると猫のほうから近寄ってきました。背もたれにしていた低い壁で寝たり、膝の上に乗って寝たり、障害物として扱われたのか脚を踏んだり避けたりしながら通りすぎて行ったり。ああそうか、これだ、と何かを悟ったような気持ちになりました。

猫カフェに4回行った結果、私が理解した私に合った楽しみ方は、猫に自分から触ろうとせず、放置することでした。たまに横目で猫が動いているのを見ることができればそれでいいのです。

放置してぼーっとしていると、置物か何かと勘違いするのか、やがて猫のほうから寄ってきます。しかし、寄ってきたところを触ろうとはしません。猫が近づいてくるのを、通り過ぎるのを、乗っかってくるのを、ただ見ます。とにかく触ろうとはしないことです。

これも一回しか試していないので、次に行ったらやっぱり触りに行ったほうがいいじゃないかとなったりするかもしれませんが、とにかく今の私の猫カフェへの態度はこういうものです。

食べ物を持っていると猫が寄ってくるという体験はとても強烈でした。これはたしかにおやつを買うお客さんがいるのもわかるな、と思いました。おやつを振りかざした瞬間、そこらへんで気ままに過ごしていた猫たちが一斉にやってきます。これはかなりうれしいでしょう。おやつの力とはいえ、お店中の猫が自分のもとに飛んでくるのです。猫好きにはたまらない状況だと思います。

しかし私にとってその状況は虚しいものでした。おやつがなくなった瞬間、みんなどこかへ行ってしまいます。ただの一匹も近くに残ってくれるようなことはありません。ああ、私はただ給餌マシンとして振る舞っただけなのだな、という感想だけが残ります。この子たちが欲しているのは私からの触れ合いではなく、おやつなのです。

触ろうとして触れなかったから不服。向こうからワッと寄ってきてくれると思っていたのに来てくれなかったから不服。これは自分の期待が生み出した不服です。触ろうとしていなかったのに向こうから寄ってきて触れた。こういう意識でいると、期待していた当たり前の出来事ではなくラッキーな出来事として認識するようになります。勝手に期待して勝手に不服になって低評価をつけるよりずっといいのではないかと思っています。期待を調整するのが上手なひとはおそらくうまく期待をかけていけると思うのですが、私は期待をするのが下手で、期待通りにことが進まないとすぐ不機嫌になってしまったりするので、それが当たり前のことではないと自覚できたらその後は期待しないように意識するようにしています。

そんなに猫が好きなら自分で猫を飼えばいいのではないかと考えたこともあります。しかし、猫カフェで見る猫と実際に飼う猫はちがいます。しつけをしたり、病院に連れて行ったり、お風呂に入らせたりと、猫カフェの客として過ごしている間は一切やらなくていいことがたくさんあります。それらすべてを自分はこなすことができるのか。猫カフェで猫とすることといえば、猫と遊びおやつをあげることくらいです。一番楽しいところを体験するのみです。いざ飼い始めたらちゃんとできるのかもしれませんが、少なくとも今はそこまでの自信がありません。猫カフェで猫と一緒の空間にいることができればそれで満足です。

もし、猫カフェにまだ行ったことがなければ、ぜひ一度行ってみてください。そして、自分なりの楽しみ方を見つけてみてください。ちょっとした試行錯誤が楽しめると思います。私も近々また猫カフェに行ってみるつもりです。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございます。今日も一日、おつかれさまでした。

Written by Tatsuyama, Kana
Copyright LagonGlaner and Author

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