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君のパンツを詩にしたい

大海明日香

洗濯機がごうごうと動く、そのうち好きなひとと暮らすようになったら、いつかドラム式の洗濯機を買って、休みの日は目の前にぺたんと座ってぼうっとそれを眺めたりしてみたいなぁと思うけれど、コインランドリーが好きなのはたまにしか行かないからで、水族館の水槽みたいなものだから、きっと後回しになってしまうんだろう。
 ぴったりとは重ならないタオルの端を合わせながら、はやく君のパンツをこうして畳みたいなぁと思う。窓の外の夕焼けがきれい。カーテンは何色にしようか。陽当たりのいい場所にオレンジの布張りのソファを置くのが理想だったけれど、もっとナチュラルで落ち着いた色でもいいような気がする。

「生活」が好きだ。
 特別なことなんてなんにもないように見える、何の変哲もない生活が、いちばんうつくしくて愛おしく思える。そこには大きな“生”があって、そういえば、わたしは生きたかったんだな、そこにある“生”と、ついてまわる愛や死を、自分の中だけで抱えていられなくって詩や文章を書くようになったんだなと思い出す。

いっとき、ものすごく沈んでいたころ、小さな生活の端くれが何もかも上手くできないことがあった。
 今でも、というか元から自堕落ではあるのだけれどそういうのを超えて、身体が、脳が動かなくなってしまったのだ。
 あんなに読んでいた本を開いても文章を理解するのにとてつもない時間がかかる、何をするにも歌を口ずさむのが好きだったのにうたいたい歌がひとつもない、起きあがって着替えて出掛けるとかお風呂に入るとか歯を磨くとか、とにかく当たり前にやっていた動作がとんでもなく重たく感じるようになってしまった。
 ものを食べることもただの暇つぶしになって、ぼんやりして何もできない時間が続くほど何も考えないようにやたらと食べてしまっては太ったりして、本当に、「生活を営んでいる」とは胸を張って言えない状態だったように思う。
 本格的に文章を書き始めたのもそんなときで、そのときはただひたすら、まともに生活もできない自分が腹立たしくって、怖かったのだ。
 なにか、なにか残さなければ。なにか、武器をとらなければ。このまま戦えなくなってしまう。
 そのとき掴んだ「言葉」という武器が元から手の中にあったみたいに馴染んでしまって、だからわたしは、これからもこいつと共にずっとずっと、理想の生活を手にする戦いに挑んでいくのだと思う。

美味しいねって笑い合いながらご飯を食べること、歩きながら植物の匂いや空の色に気づくこと、漫画を読んで笑えること、映画を見て泣けること、晴れの日に干したあたたかい布団で眠ること、雨が降るたび虹色に光る傘が欲しいなと思うこと。
 ふつうで当たり前に見える生活がどんなに難しくて尊いものなのか、どんな大きな努力の上で成り立っているのか、常々わかっているつもりなのに、理想とかけ離れた生活を送るごとにそのことを忘れてしまいそうになる。

だから、早く愛しい君と暮らしたい。
 願わくばその生のすべてを詩に変えて。言葉という武器で、生活を勝ち取って。

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